2008年01月31日
「日本パラメディカル協会」技術開発担当理事
牧野 エミ
がん治療―早期発見早期治療の影にあるもの(前編)
近年、日本のみならず世界の疾病対策は、早期発見・早期治療へとその治療方針を定めています。特にがん対策にあっては、その余命延命率の高さからその必要性が叫ばれ、高度な検査機器の充実と相まって世の中に広く認識されてきています。この流れは誠に歓迎するべきものであり、更なる社会的認識の普及と定期的検査への関心を高める活動がなされるべきです。このことそのものには異論を挟む人は皆無でしょう。
しかし、私はこれだけに世間の議論が終始することに、誠に素朴な疑問を持つ一人です。と言うのも日本の医療制度ではがん治療が終わった患者は、治療が終了した時点で医療制度上その日から「健常者」として扱われるのです。これはおかしくはないでしょうか。
ご承知のようにがん治療の方法は様々で、極々軽微な手術や投薬治療で終わる方もいますが、大半は放射線治療や傷を伴う手術等のダメージが付きまとうものです。また、再発の不安という目には見えませんが、最大の恐怖と同居しつつ今後生活を継続しなければなりません。こうしたダメージを抱える方々を何の組織的支援活動無くして、「健常者」としてひとくくりにして良いのでしょうか。
最もわかりやすい事例は「乳がん」でしょう。昨年来、ピンクのリボン運動が脚光を浴び、東京タワーをピンク色に染めるなど、日本全国で多くのイベントが開催され、行政・民間企業とのジョイントキャンペーン等々が広範に展開されたことは記憶に新しいことと思います。確かに乳がんに対する意識が高まり、早期発見・早期治療には大いに寄与したことは誠に幸いなことです。しかし、一方において不幸にして乳がんに侵され、切除手術をした方へのケアを組織的に行っている機関は、公的私的を問わず日本には存在しません。
確かに各病院や医療関係機関には、術後ケアの補正下着や人口乳房、ウイッグ等、必要な情報は豊富に置かれてはいます。置かれてはいますが、置かれているだけです。そこで何らかの相談にのってくれるわけでもなく、ましてや装着のアドバイスなどは受けることはできません。日本では、元患者の方は、あくまでも自己責任で必要なものを探し、購入し、自分に合わせ修正しなければなりません。自分に合うものが無ければ次の物を自分で探す以外に方法がなく、その度毎に自分の病と向き合うことになります。
一方米国の場合、日本とは大いに様相が異なります。少し話がそれることになりますが、日本の現状を対比的に理解する上で大切なことなので、米国での同一事例を見ておきたいと思います。米国ではがん患者の発生・経過情報をアメリカ政府、保健社会福祉省(以下保健省とする)が専属のデータベースで直接管理しています。米国内でがん患者が発生すると、患者を受け入れた病院は保健省への報告を義務付けられており、当該患者の治療内容を含め、経過と治療結果を報告しなければなりません。当該患者が退院しても3年5年と治癒率を追跡され、治癒率が落ちれば保健省から当該病院に治療改善命令が出るのです。従って不幸にして再発をした場合であっても、全米どこで受診しても過去の症状・検査記録を含め、同一の情報によって治療を受けることができるのです。
(日本では各病院が患者情報を把握していることになっていますが、政府の一括管理ではないので治療法や治癒の評価基準自体統一されているものではありません。)
米国では患者の予後のケアに至った時、このデータベースが再び効果をもたらすシステムを採用しています。米国では予後の患者に対して、全米がん協会による無償支援プログラム「Look Good...Feel Better」と呼ばれる活動を全米で展開しています。全米がん協会は全米にくまなく多数の支部を持ち、各州の各支部単位でそれぞれの地域のがん患者に対し、きめ細やかなサービスと支援プログラムを提供していますが、保健省のデータベースを利用してがん治療が終了したキャリアの方に対して最寄りの支部から本人に、個々人の治療経過に見合ったセッションの招待状を出すのです。このセッションでは、支部単位で受講希望者を募った上で6名から10名を1単位としてワークショップを開催し、スキンケア・メイクアップ指導・ネイルケア等基礎的美容の技術を指導し、希望者には治療による抜け毛対策、かつらの使用法やターバンからスカーフの使い方までを教えています。
ご承知のようにがん患者は治療過程で皮膚や骨にダメージを負うことも多く、抗がん剤や放射線治療によるアザや毛髪の剥落も多いのです。こうしたがん患者特有の悩みに対応し、QOL(生活の質の向上)を上げると共に社会復帰を促進することが「Look Good...Feel Better」と呼ばれるこのセッションの最大の狙いなのです。この参加者全員には総額200~300USドル相当の化粧品セットが無償提供され、これを使ってセッションを受けることができます。このワークショップの指導者も原則的にほぼ全員が、がんの経験者かがん患者介護の経験者であるメイクアップやヘアメイクの専門家が全員ボランティアで指導に当たっています。
外出することが困難な患者や、一対一の対面指導を希望する患者にはコーディネーターにスケジュールと場所を相談の上、グループセッションと同様の指導を受けることも可能ですし、更に対面することなく独自に習得することを希望する人には、セッションと同様の内容が理解できる30分のビデオの提供を、これまた無料で受けることができるのです。このプログラムは全米がん協会と全米化粧品協会・全米コスメトロジー協会の3者が全面協力し実施されている全米的なボランティア活動であり、かつ患者に提供される化粧品が無償であるのも、こうした化粧品メーカーからの無償提供品で支えられているのです。特に女性にとって自分の現状に合ったヘアースタイルや、具体的なお化粧方法の提案・指導が薬を飲むより、どれほど自分のQOLや社会復帰に役に立つかは、容易に理解できることでしょう。
米国ほどでなくとも、もし日本でこのような支援体制が組まれていたとしたら、どれほどキャリアの方の心理的ケアや社会復帰の支援に役に立つことでしょうか、想像にあまりあります。私の知る限りこれらキャリアの方々は、少なくとも組織的に予後の管理・補助装具等の指導を受けた方は皆無であり、単に一方的に提供された情報を個人的に当たって行く以外の方法を知らされていません。がんの予後処置に対する日米のこの違いを知れば、ショックを感じる方は多いことでしょう。こうした日米の差に接すると、早期発見・早期治療に対する思いがいささか変わってきてしまうのは私だけでしょうか。これが私が抱く素朴な疑問の根拠なのです。
(後編に続く)

