2009年03月03日

「ウルトラマンのタイマーが点滅しなくなる時」 大野美江子 (米国・58歳)

 サポートグループの人たちとも話した事があるが、『なんで私が・・・・』というのが、初めて診断を聞いた時の典型的なリアクションであるようだ。病気は流れ弾にあたる様なものかもしれない。油断して健康を当たり前の物として暮らしていたら、或る日思いがけぬ方角から飛んできた弾でばったり。58歳は若くないけど、パーキンソン病患者としては比較的若い方であろう。
 予兆は今思えば数年前に既に始まっていた。歩いているときに左腕がうまく振れてない。気付いて振ろうとすればできるのだが、無意識になると振れてない。理学療法を受けたり、脳神経科にも行ったが、原因は不明だった。
 元々運動不足で姿勢が悪く、コンピューターを使う仕事であちこち体が痛かったり、こわばったりして、マッサージやカイロプラクターには常時お世話になっていた。が、だんだんと、夕方になると体中が痛くなって姿勢を支えていられなくないほど疲れが出て、幾ら背筋を伸ばしてと気合いをかけても、筋肉を支えるだけの力が出ないのである。痛みをごまかす為の夕食時のワインの量が増えていった。
 そして、それらと平行して震えが出始めた。軽く緊張が伴なったりストレスがかかると左手が、次に左足も震えが出るようになった。これは仕事柄、ちょっと困った。人前でスピーチしたり、初対面の人と話すと震えが出るのである。極度に神経質な人間か、対人恐怖症のように見える。外的ストレスも関係した。一度冷房のきついレストランで、がたがた震えてテーブルがひどく揺れ、友人を驚かしてしまった。
 そのころ休暇で行った北海道で、十年ぶりで会った大学時代の友人が、私の手の震えとギグシャクした動きを見て、医者に行くことを勧めてくれた。彼女は、妹さんが脳神経科医と結婚していて、その方からのアドバイスも伝えてくれた。アメリカに戻って、早速主治医に紹介してもらった別の脳神経科へ。
 結果はパーキンソンの疑い有り。パーキンソンはMRIも血液検査もきかない、診断の難しい病気である。代診の看護婦にほら私が言ったでしょう、という感じで嬉しそうにパーキンソンと告げられても中々受け入れられず、更に別な医者へ。こちらは始めからパーキンソンの薬の処方箋をくれただけで5分で診察終わり。症状はわずかずつ進行していた。だが、脳の化学物質をいじるというのに何の説明もなく薬だけ出されても、不安が募るだけである。
 納得いく説明が得られるまで薬は飲まないと決めて、即座にアメリカでも有数の脳神経科がある、クリーブランドの病院に診察予約を入れた。そこのMovement Disorder specialistに、2時間近くの詳細な問診と動きのテスト、丹念な病気の解説、長期にわたる薬物治療計画とそれに伴うリスクの説明を受けて、やっと薬を使い始める事を納得した。腕振り不調に気付いてから4年の歳月が過ぎていた。
 保険会社が医者の第一選択の薬の支払いを拒否した時はちょっとめげたけど、第二選択の薬が体質にあって、低い量で症状が殆ど改善されたのは本当に劇的だった。飲んで30分で効いてきて、薬が効いている間は常人と同じ動き。ここ数年の筋肉の凝りも軽くなって、なんか元気が満ちてきた感じ。空気を吸ったり、御飯を食べるように、必要としている物を補ってやれば、体は機能しだすという明快な図式に、感動さえ覚えた。マイケル J. フォックスは、仲間とのコンサートで腕を大きく振り回してギターをかき鳴らすパフォーマンスをする為に、コンサートの時間に合わせて薬を飲むそうだ。
 薬がきれると、症状はぶり返すが、5?6時間は効いている。ウルトラマンの3分よりずっと長い。子供の頃、タイマーが点滅した時のウルトラマンのちょっとあせった様子にハラハラしたものだが、5時間は十分長い。なんにもまして、一旦失われた機能が、薬を飲みさえすれば一時的ではあれ戻ってくることが保証されているというのは、気持ちの余裕になった。タイマーが点滅すれば、又薬を飲めばいいのだから、ウルトラマンより条件は有利かもしれない。
 今の薬は対処療法で不便な症状を抑えるだけだが、病気自体の進行を遅らせる可能性のある薬の併用をまもなく始める事も医者と話合っている。将来現在の薬の効き目が悪くなったりすることも予測されるが、新しい薬や治療法の開発と病気の進行との競争に希望を持っている。進行のゆっくりした病気を科学の進歩が追い抜く可能性は、低くはないと思う。胸のタイマーが点滅しない日が来るのである。そう言えば、ウルトラマンの制作者自身はタイマーをつけるデザインをひどく嫌っていたと聞く。