2009年06月23日

「わたしと薬」 植田 亜紀子(埼玉県・34歳)

薬は嫌いだ。
すいません空気読めない人で。
しかし効果は認める。信者と言っても良い。

三十を過ぎた頃から、風邪が気合いで治らなくなった。
自覚したのは冬のある日。久しぶりにひどい風邪をひいた。熱が出て起き上がれない。やたらと寒いのに汗がたくさん出る。頭がぼんやりして考えられない。その上、ご飯がのどを通らない。

生き物は食べられなくなったら、死ぬ。

そんな原始的な診断法を採用している私は、これはマズいと思った。
ずっと健康優良児で病院なんて十五年も行ってなかった私にとっては、人生で一番重病だった。それまでの私は、どんなに調子が悪くてもバナナぐらいは食べられた。それすら食べられない。

まるで、身体が生きる事を拒絶しているようだった。これまで全く問題なく、私に従順に仕えてきてくれた身体が、ついに反乱を起こしたように見えた。

ぞっとした。
たかが風邪を本当に恐ろしいと思った。
同時に心細くなった。何もやる気を起こせない自分が怠け者のようで、情けなくて涙が出た。

なんとかしなければ。これまでとは違う、何か対処法を。

そうして私は、ずっと避けてきた医薬品に手を伸ばしたのだった。会社の健康保険が年末に毎年配っていた風邪薬だった。メーカーは知らない。とにかく、うちにはそれしか薬がなかった。

変化はたった二十分で訪れた。効果は劇的だった。

さっきまでは口を動かすのも重労働、胃を動かすなんてフルマラソン走るぐらい無理と思っていたのに、今は身体が軽い。まだ熱っぽくはあるが、起き上がる事ができる。重い殻を脱ぎ捨てたみたいだ。動ける。何より、動こうという気力が出る。

これは一体何の奇跡であろうか。
こんな素晴らしい物がこの世にあったとは。

熱が下がっただけの話ではないのだ。バナナどころか、ちゃんとご飯が食べられる。さっきまで、どうもがいてもあがいても、全く気合いが入らなかったのに、今は動こうという気力が沸々とわいてくる。
このとき私は、初めて薬をありがたいと思ったのだった。それは本当に、手を合わせて拝みたいくらいの効果だった。

薬が起こした奇跡はこれだけではない。

一ヶ月も止まなかった咳が、抗生物質を飲んだら三日で収まった。
ついに発症してしまった花粉症の、鼻水がぴたりと止まった。

基本的に身体が丈夫なので、病気らしい病気はこのぐらいしかないのだが、その度に薬は確実に奇跡をもたらしてくれた。
このように書くと宗教団体や怪しい民間療法師の台詞のようだが、まあ、似たような感覚かもしれない。

高度に発達した科学は、魔法と区別がつかないという。

私には、薬と魔法の区別がつかない。
いや、もちろん理屈は分かっている。「イソなんたら」が何かをブロックしてどうにかなるらしい。
しかしその何かのブロックが、どうしてこんなに身体を楽にするのか。気力までもよみがえらせるのか。
それはやはり私には、奇跡の領域なのだ。

未だに私は薬が嫌いだ。飲まずに済むならなるたけ飲まずに済ませたい。けれど、「飲まずに済ませたい」という気持ちの奥には、きっと、「どうにもならなかったら、飲めば必ずなんとかなる」という信頼感がある。

こういうのをきっと他人は、ツンデレと言うのだろう。