2009年07月08日
「赤や緑と人生と」 (東京都・22歳 女性)
いつも薬を見るたびに思う。
「これ、なんだろう。」
ただ白一色で良いものを、わざわざこんな赤とか緑とかに塗って。
実は他の薬と見分けるためだと聞いたときは、ああなるほど、と思った。
そんなトリビアがわかっても、薬についての謎は解けない。
なぜ、これにはこれが効く、などと分かるのだろう。今でこそ治験、経験、いろいろな医学の歴史が一粒の薬を作り出しているのだろうけれど、まずそれを作ってみようと思った人の発想がすごい。
飛行機がなぜ飛んでいるのか分からないまま、私は利用している。それと同じような感覚で、小さいころから薬も使っている。正直、アトピー性皮膚炎で通ったお医者様とのごたごたがあり、ずっと西洋医学とか薬に反発していた。どんなに傷がひどくなっても、風邪がひどくなっても、薬にたよりたくなかった。一度頼ってしまえば、私の大嫌いな依存心の塊のような人間になるかもしれないという不安もあった。
しかし、薬のネガティブイメージを払拭するような出会いがあった。
強迫観念の治療のため、とうとうお医者様にかかることになってしまったのだ。
当時の私は心身共に疲れており、もういっそのこと病名でもついてしまえば楽になれるのではないか(薬でもなんでもバンバン出して、治せるものなら治してみな!)という心境だった。心配した母親が通院を勧めてくれた。
「あなたはね、きちんとしたお嬢さんだと思いますよ。きちんとした言葉も話せますしね。」
先生は初診時、そうおっしゃった。病名は何も下されなかった。診察室のデスクの上にはたくさんの高級万年筆がゴロゴロ転がっていた。何も片意地張ったところの無い先生で、顔がなんとなく伊東四朗に似ている。「やせたい。」と言った私に、「僕も痩せたくてね。」とのご返答。人間らしい先生だなあ、と好感を抱いた。渡された薬は「スルピリド」「マレイン酸フルボキサミン」ごくごく少量だ。
自分に合う先生に出会えたら、薬はそんなに悪いものではないのかもしれない。
病気や薬がつないでくれた出会いもあるな、と最近はそのように思えるようになってきた。
ただそう思うと同時に、赤や緑の薬がたくさん散らばった小さな机を思い出す。薬の数は二十くらいあっただろうか。それをオブラートに包んで、何回にも分けて飲み下す祖母の姿。果たしてあれだけの薬が必要だったのだろうか?と、今も考え続けている。

