2009年07月22日

「わたしと薬」 保坂真智子(東京都・51歳)

 私の母は、心臓弁膜症である。60歳の還暦の年に、都内の某有名大学病院にて僧帽弁の置換手術を受けてから、もうかれこれ19年にもなるが、その後、数年を経ずして軽い脳梗塞に3回見舞われた。CT スキャンで脳内を時折探ると、あきらかに細い血管が詰まっている。その頃から、いずれ晩年には認知症は避けられないであろうと多少覚悟はしていたが、最近はとみに遠方の一人歩きは出来なくなってきた。併し、そんな中でも未だ、子供たちの事は念頭から離れないらいしく、いつも息子や娘の事で気を揉み、悩みの絶えない晩年を送っているようだ。
 そのような日常の中で、母は朝食後にワルファリンカリウム等の薬を6錠、後、昼食後と夕食後に胃腸の薬を各々2錠ずつ、毎日服用している。昨年には、長年の心労が祟ってか胃動脈を破るほどの胃潰瘍を患い、あやうく落命しそうになった。
 私は、一応介護福祉士でもあるので、薬の知識は、素人に毛が生えた位でも、多少持ち合わせてはいるし、服薬には気を使っているつもりではあるが、このワーファーリンの様な循環器系統の薬にはかなり悩まされている。効きすぎると、些細な刺激で出血し、手足が紫斑だらけになってしまうし、効かなくなると、今度は梗塞を起こしたりもする。又、ビタミンK は、禁忌である。
 人工弁を入れているので、血栓予防の為、血液をさらさらにする効果がこのワルファリンカリウムという薬にはあるのだが、これが、納豆のビタミンK で効力が弱くなるらしい。血栓は、血流に乗って梗塞や塞栓を引き起こしたりもするし、場合によっては、命に関わる事さえあります。
 その問題の納豆が、母は大の好物なのである。併し、手術の日以来、大好きなその納豆を18年間こらえて絶対口にしようとしなかった。はためにも、その辛抱強さには関心したものである。ところが、つい先日の事である。
 娘が講習会で薬の知識をまたもや仕入れて来た。そして、つい口を滑らせて、
「お母さん、今日薬の知識の講習会に出て来たんだけど、講師の先生の知り合いのある方が、人工弁の手術をしてワルファリンカリウムの服用をしなければならなくなったそうなんだけど、大の納豆好きで、そればかりは止められないってんで、先生に頼み込んで月1回までは食べても良いという許可を得たんだそうよ。でも、その方、隠れて2回は食べていたらしいけどね。」と、思わず笑いながら言ってしまったから、大変である。
 人相学で言うと、人の言う事は絶対聞き漏らす事のないという、耳の立っている母の目が、その時、一瞬キラリと光ったかと思うと、18年間溜め込んだ思いを一気に噴出したごとく、絶対食べないと言い張っていた前言を完全に撤回し、以来、納豆を食べたいと、日毎夜毎訴える様になってしまったのだ。 私の無神経な一言が、18年間、人が美味しそうに納豆を食べるのを、生唾を飲んで必死に我慢し続けた母の自制心を完璧に打ち砕いてしまったのだ。
 アル中で誘惑に負けやすかった父の事を、意思薄弱だとこきおろし、自分はだめだと思ったら、絶対負けないと言い張る事で、かろうじて鬼を封じ込めていた母の自尊心とプライドも、いまや完全に崩壊していた。以来、顔を会わせる度に納豆である。おまけに、認知が少し入ってきた為に、一度我慢が出来なくなったら、今度は何があっても絶対我慢をしないのである。
 3000円の和牛カルビより、こうなると、絶対スーパーの200円の納豆である。
 これには、私もほとほと困り果ててしまった。主治医の先生に許可を得てからという条件を苦し紛れに出した所、やっぱり、絶対食べてはいけませんという回答を貰って、付き添いのヘルパーさんと共に帰って来た。
 そりやそうだろう、それではさぞかしがっかりしていることと、思いきや、本人はその後も諦めずに、尚も執念深く鬼の様に納豆を連発している。
 お陰で、そんな事を言った貴方が悪いとヘルパーさんに逆に怒られてしまった。
 もう母は、忍耐の尾が切れてしまったら、寝ても覚めても納豆で、最後の最後に一言、私にこう言い放った。
「いいじゃない食べさせてくれたって!もう、先が長くはないんだから死ぬ前に好きなものを食べて死にたい。食べないで長生きするより、短くても美味しいものを食べてしにたい。」と‥‥。
 流石に、私はその一言で根負けし、そこまで言うのならと、本人のQOL を尊重して、自分の信仰している神様の降誕祝いの日には、月1回までは良いと言う事で、以来、毎月美味しく召し上がって頂く事になった。
 母を見ながら、毎日大変な思いを胸に溜めながらこの人も生活しているのだなと思うと、私も月1回位の納豆がなんだって思うのです。
 美味しいと言いながら、満足そうに納豆を食べている母を見ながら、暫し、私も幸福な気分に浸っていました。
 でも、その二日後、病院の血液濃度を調べるトロンボ検査の結果を見るまでは、内心ひやひやでしたけどね。ですが、信じている神様のお陰なのか、本人の執念のたまものなのかは知りませんが、検査結果はいつもと変わらずで、その後、ほっと胸をなでおろしたのも事実です。