2009年08月05日

「わたしと薬」 (静岡県・39歳 女性)

 初めて処方薬を手にした時、何故か思い出した人がいる。
 ずっと昔、父と同じ病室で苦しげに薬を飲み下していた人。母から伝え聞いた話では、彼は私と同じ病だった。ちゃんと働き結婚し子どもも授かったが、その病の進行が全てを狂わせた。働ける状態ではなくなり、妻は子を置いて出て行ったという。今は、生活保護で生計を立てていると。
 それでも、彼は生きようとしている。毎日ランドセルをカタカタ鳴らして顔を見せる息子の為に、彼は生きようとしている。毎食前後、彼には驚く程の薬が差し出される。
 「薬だけで満腹なんですよ。喉が塞がりそうで、冷水で流し込まないと飲めなくてね。」と、母に語りながらも、まだ受け皿には薬が幾つも在ったそうだ。
 どうしてるかな、あの人。私は薬を抱いて外へ出ると、空を仰いだ。空は曇り。
 私も、彼の後をなぞっているのか?37歳。ピチピチに若くはないけど、老いには早い。確かあの時彼は、30代位だった。今まで常用せずにいられた私の方が、マシなのだ。それに、今はまだ一日2錠飲み干せばいいのだ。
 ゴクリ・ゴクリ。彼の、とんがった喉地蔵が蘇る。空を見つめる目から、一粒涙がこぼれた。大丈夫。平気。大丈夫。耐えられる。耐えて、生きて見せる・・・。喉が、じりじり痛かった。
 それから2年。今年も夏が来た。私が死んだ夏。心房細動による心停止。軽い記憶障害と、左胸に埋め込んだICDと、一日2錠の薬を人生のパートナーに与えられて、私がこの世に還されたあの日から、2年経った。薬は増えていない。
 それでも診療費より高い薬代は、安くはない。ジェネリックに替えても、まだ1錠はそう出来ないと言われ、お得感は薄い。
 2ヶ月おきの定期検診、半年おきのICDチェック。キツイのは、肉体より懐だ。
 「あの時、あのまま、還って来れなくても良かったのに。」不意に呟いてしまう。 でもそう思うのは、懐のキツさだけではない。瞼に焼き付いた彼のあの横顔に、自分の顔がだぶるからだ。彼には、子を守るという生きるべき価値があった。でも、私には無い。仕事も、子どもも、伴侶も、無い。母も、淋しいがるだろうが姉もいるし、大丈夫だろう。だから、私が生きるべき価値なんて、無いのだ。
 ICDなんて延命的機械も、検診も、チェックも、そして2錠の薬も、死んだ方が良いなんて思ってる私には、無駄遣いだ。私なんて。私なんて、消えればいい。
 そう、病院のバス停のベンチで頭を抱えた時、スッと黒い影が摺り寄ってきたのを見た。私は、ビクンッと体が揺れゾクンと悪寒が走った。その途端影は消えて、私は額に汗を滲ませていた。
 一瞬だった。そして本当に、怖かった。もしあの時、姉が連絡もしていないのに迎えに来てくれたりしなかったら、私はまた、あの影に襲われ・・・かもしれない。
 「なんかね、会いたくなったんだって。」姉が言うには、4歳の甥が急に私を迎えに行こうと言ったそうだ。一週間前、検診と時間を話した事を覚えていたらしい。
 「だって、みぃちゃん、また遊ぼうって言ったじゃん。」念を押すように言う甥に、頷くしか出来ない私だった。声を出したら、涙腺が決壊しそうだったのだ。
 ひとしきり甥と遊び、母と並んで見送った時、甥が言った。「みいちゃん、今日は10こ遊んだから、今度は30こ遊ぼうね?」
 ママ(姉)に、「遊んでね、でしょ」と直されながら、笑顔で手を振る甥に、私は心の中で「ありがとう、ありがとう」と叫びながら、手を振り返した。
 あの黒い影は、死神か。でも、甥の気持ちが空を越えて死神を祓ったのか。今もって、判らない。
 でも、ひとつ気づいたことがある。私にも生きる価値があったこと。それは、甥とありったけ遊ぶ事。甥と「またね」と約束を結び果たす事が、私の生きる価値。
 それは、彼の命を繋いでいたものと似ている。愛しい小さな命と、自分らしく生き切ること。そのために、この薬を飲み干し、命をつなごう。