2009年08月06日

「わたしと薬」 (埼玉県・28歳 女性)

 物心ついた頃から、薬を飲んでいました。1日おきに朝に必ず。白い粉でびっくりするほど苦い薬でした。薬を飲む日の朝には、朝食と一緒に母がテーブルへ薬を置いてくれましたので、飲み忘れるということがありませんでした。「この薬は、止め時がすごく難しい薬で、いきなり止めると一気に病気が再燃するかもしれない。病気をだましだましやりながら、少しずつ少しずつ減らしていかなきゃならない」先生がこんな風に言ってたんだから、と母が口をすっぱくして言っていました。そのせいか、飲んだふりをして薬を隠したり捨てたり、そんなことは一度もしませんでしたし、しようとも思いませんでした。「病気をだましだまし」幼いながらも真剣に受け止めないとならない言葉に感じたのでしょう。ただ、病気自体は物心つく前に症状は治まっていて、生活も普通の子達と変わりありませんし、薬を飲むのが不思議な感じではありましたが、生活の一部といった感覚で飲み続けていました。
 その頃はまだ、病院の中で薬を作るのが一般的で、かかりつけの病院に年に数回行っては機械の上を流れる薬の列を見ながら、自分の薬が出来上がるのを母や弟と待ったものでした。そこで、一度だけ、同じくらいの年の女の子がシロップ薬を受け取った姿を見たのですが、今でもその時の感覚を覚えています。甘い薬がうらやましくて、「あんな薬がほしい」とダダをこねたのですが、もちろん母には相手にしてもらえません。ピンク色をした透明感のある液体で、すごく甘くておいしそうで、当時ドラッグストアに売っていた咳止めシロップより断然キレイな色でした。この時「私は子供扱いしてもらえない」というような、なんともいえない虚しい感覚になったのを覚えています。
 だからでしょうか、今でもシロップの味が好きなのです。杏のお酒が好きなのも、シロップの味に似ていると思うからです。でも、自宅用に自ら買うことは滅多にありません。杏のお酒もです。きっと私にとって滅多なものなのでしょう。それは、なんとなく幼い頃のあの経験によるものなのではないかと思います。苦い薬は、中学の頃には飲むのをやめ、大人になっても病気が再燃することなく日々をすごしています。私にとって薬は、日常の一部であったり、思い出の感覚を植えつけたり、記憶の中に刻まれるものです。