2009年08月31日

「わたしと薬」 近藤 秀 (富山県・84歳)

 ここ東北の海抜五百メートルと云われる山里の上り下りの道を私は急いでいた。先程留守だった農家のお得意先をお昼時間を目当に再度訪問し薬の入替えをさせて頂く事が目的である。鯉のぼり泳ぐ五月晴のコバルト色の空は千恵子さんが愛した阿陀多羅山の上のほんとうの空の続きである。「白雲悠々去り又来る」漢詩を思い出す。先程から幾分荒目に帯を引きずるような風が山合いからサササーと頭上を掠めている。この風があるから私は働けるのである。すると待ってましたとばかりに一斉に近くの森や林から野生の鶯が上下に飛びかいながら「ホホホホケキョーホホホホケキョー」と囀るのである。野生の鶯は滅多に人里に近づかないと云う。きっと彼等が住む森の中は木の実が豊富で冷たい清水が流れていて彼等の楽園なのでしょう。さあ着いた。下の道から見上げればまだ人影は動かず玄関の戸は閉まったまヽである。間に合ったやれやれである。私は背負い荷を道端にストンと置くと手の甲で額の汗を拭いながら胸を広げて深呼吸をした。先程からの風が小さな風にかわりゆらゆらと頬を掠める。赤ちゃんを眠りにさそうように。
♪眠れ良い子よオオウンタッタウンタッタ♪♪誰が風を見たでしょう♪私はすっかり少女になり切って風に戯れた。「おーい薬屋さん居たぞい」の声にハッと我に返った。山仕事から昼休みに帰って来て私を見つけて下さったのだ。「ハーイすぐ行きますね」さあ仕事だ荷物をしっかりと背負い代々の足跡のついている道を今私が踏みしめて大切なお得意様へと出向くのである。何時しか私の衣類に薬の匂いが染みつきその移り香に懐かしい祖父や父の匂いを想い営業ばかりでなく地域保健の担手の一人として及ばずながら生き甲斐を持って精を出している。私は代々が家庭薬配置販売業を家業とする家に生れ育った所謂門前の小僧なのである。女ながら三十六才で家業を継ぎ七十五才迄現役で仕事に従事した。老いて現役を退き八十四才の今「薬とは何ぞや」と自分に問い自問自答してみた。私の好きな昨年この時期五月五日に病に倒れ医療の最前線で医薬の効をいただき延命効果を賜わった事に感謝し切れない思いで感謝の日々を送っている。さて薬とは何ぞや?薬とは病気を治すものです。薬なくして病気は治りません。ウイルスの進化に伴い新型インフルの発症に怯える今日、医薬も日新日新研究開発と進歩しワクチンの生産に全力をあげ人命を守ってくれています。頼もしい限りである。でも患ってみて知る私は頼もしい抗生剤には多少なりとも副作用を覚悟しなければなりませんでした。それに打ち勝つ為には日頃からの体力が必要です。人が生きる為にはエンジンがかヽり吸収と排泄を必要とします。エンジンとは心臓の働きです。これと云う異常はないまでも最近やたらと疲れるようになったとか年を感じるようになったら避けて通る事の出来ない老化を考えましょう。エンジンの補給に内臓に優しい和漢薬強心剤を、吸収とはバランスのとれた栄養食を、排泄とは便通を良くして代謝を促しましょう。つまり異常は早めの手当を施しましょう。最低それ等の健康管理は自分自身で成されねばなりません。又非承認の薬物に安易に興味を持ってはなりません。麻薬は逮捕される事を恐れるのではなく大切な自分の肉体を亡ぼし、ひいては総てを破滅に導く事を恐れねばなりません。皆さん薬は病気を治す為にのみある事を忘れないで下さい。と私は叫びたいです。医薬の進歩によって今日の長寿社会が生れました。価値ある生き方をして寝込まずコロリPPK(ピンピンコロリ)と有意義に残された人生を全うしたいと念願するものである。