2009年08月31日
「薬は夢の配達人」 (愛知県・34歳 女性)
私の両親がたくさんの薬のお世話になり始めて、もうかなりの年月が経つ。毎食ごとに注射したり、いろいろな種類の薬を飲んだりと、見ている私たちでさえ辛くなってしまうこともある。しかしその一方で、たしかに毎食薬が並ぶのは大変だけど、もしも薬がなかったら生きていられなかったのかなという不安と薬への感謝の念を感じることも多々ある。1年ほど前まで、私は薬に関してこのような漠然とした感覚しか持っていなかった。父母の薬について調べたり、薬に感謝をしたりしても、病人にとって薬とは何か?という一番大切なことに気づかず、考えることをしてこなかったのだ。
このように薬を他人事としてしか捉えられていなかった私を変えた出来事は、結婚して7年半にわたり悩み続けてきた不妊で自分が通院するようになったことだ。初めて病院の門をくぐる不安と、どんな結果なのかを知る恐怖とで体が震え、呼ばれるまでの数時間、周りで幸せそうに大きなお腹をさする妊婦さんを横目で見ながら心臓が高鳴りしていた。やがて運命の時間が訪れ、無排卵と宣告された。それが今まで自分の体を信じ、生理が不規則になったのはストレスが原因だと言い聞かせてきた私に突きつけられた現実だった。当然ながら無排卵だと妊娠はしない。そこで次の周期からクエン酸クロミフという排卵誘発剤を処方されることになった。
クエン酸クロミフを飲んでも必ず排卵するわけではないそうだが、自力で排卵していない私が排卵できるかもしれないという夢を与えてくれた薬だった。この薬を飲んで診察に行くと、エコーに小さな小さな卵が写っていた。毎回少しずつ大きくなる卵。クエン酸クロミフのお陰で卵ができたのだ。まもなく排卵するでしょうと言われて数日すると、それまでは低温期しかなかった私の基礎体温に高温期が現れ始めた。無事に排卵したのだ。本当に嬉しかった。きちんと排卵したことで妊娠への期待が高まった。飲み終えたクエン酸クロミフの包装シートを握りしめ、何度も何度も排卵できたことについてのお礼を言った。しかし残念ながら妊娠はしていなかった。それでもきちんと生理が来たことが嬉しくて、クエン酸クロミフに感謝して、再びクエン酸クロミフ生活に突入した。
ところが2度目はクエン酸クロミフの効果がなかった。薬を飲む度にお願いしますと言い続け、排卵して妊娠するように願い続けてきたが、卵ができなかったのだ。2種類の薬を飲んで生理を起こすことになった。複雑な気持ちだったが、薬によって苦痛なくリセットでき、また排卵して妊娠するという夢を叶えるチャンスが訪れることへの感謝と期待が高まった。そしてクエン酸クロミフの数を増やしての再挑戦となった。
このように数周期にわたってクエン酸クロミフを飲んだ。排卵した周期もあれば排卵できなかった周期もあった。途中で筋肉注射も加わり、心身ともに苦痛を感じたが、それでも排卵から妊娠という夢を叶えるために薬に感謝しながら通院を続けた。しかし妊娠しなかった。
そんな生活が続いて1年くらい経ったある日、主人が病気になり、不妊治療を中断することになった。もしかしたらこのまま不妊治療を再開することなく終わってしまうかもしれない。このことは私にとって、排卵から妊娠という夢へのプレッシャーから解放されるという助け舟であると同時に、排卵から妊娠という夢を失うかもしれないという不安や恐怖でもあった。最後に飲んだクエン酸クロミフと筋肉注射のおかげできちんと生理は来たが、もうクエン酸クロミフを飲む必要がないことで夢を叶えられないことが寂しく、悲しく、辛かった。
こうした経験から私は薬について真剣に考えるようになった。薬は単に病気を治したり、症状を緩和したりする有難い存在というだけのものではなかったのだ。私にとって、妊娠の前提である排卵を誘発してくれる薬は、まさに夢の配達人だった。薬によって排卵でき、それによって現実に妊娠する可能性を作り出してくれたからこそ、妊娠という具体的な夢を見られたのだから。もちろん、どれだけ薬の効果があっても、現実に妊娠できなければ意味がないという面もある。しかし薬は夢の配達人であって、夢の実現人ではないのだ。夢を実現するのは、時に自分であり、時に運命であって、薬そのものが夢を実現するわけではないのだ。ここを勘違いすると望む結果が出なかったときに薬を恨んでしまうのだ。
多くの病人にいえることだと思うが、病人には元気になって何かしたいという夢がある。そのために薬を飲み、注射の痛みに耐えるのだ。病人の夢を叶えるために薬があり、薬のおかげで病人は夢を持ち続けられるのだ。薬はずっと病人への夢の配達人でいて欲しい。

