2009年08月31日
「形見の薬箱」 (埼玉県・66歳 男性)
冒頭から、辛気臭い噺で恐縮。あれは、12年前の初秋に、娘の友人が週末に我が家に訪ねて来て、ささやかな晩餐をしていた時のこと。ビールを少々飲んで良い気持ちになって来たところで、我が身にかすかな異変を感じた。自身では「少々、酔いが回ってきたかな」と思っていると、少し「ろれつ」が変で、口が歪み、シマリがなくなり、ヨダレが垂れて来た。「お父さん、変だよ」との母娘の囁きに内心驚き、鏡を見た。鏡の中の顔は、確かにいつもの自分ではなかった。「酔いの所為か」と席を辞すこととして、お客さんにご挨拶をして、休んだ。翌朝は、少し「気だるさ」を感じたが、それ以上のことはなかった。翌週に入って、出勤し仕事を続けていたが、そのうちに、どうも頭に蛍光灯のような丸い雲が覆い被ぶさっているような感じがするし、人の話しの趣旨を掌握できないし、自分の考えを述べるのに考えが纏まらなかったりで、どうも「今までと違うな」と感ずるようになった。
週末に、勇気を奮い、カミさんに同伴して貰って、市内の病院の脳神経外科に行った。結局、MRIの検査結果などから、軽い脳梗塞を起こしているとのこと。脳梗塞だけではなかった。高血圧、境界型の糖尿病、高脂血症などの生活習慣病に関する数値も相当に悪いとのことで、薬物療法のほか運動と食事療法が必要との強い指導を受けた。薬は、脳などの血液をサラサラにする薬や血圧の薬など5種類を処方された。こうして、これまで種類が多少増減することがあったが、保険者や被保険者の皆さんに気兼ねを感じつつ、5種類の薬を飲み続けて来ている。
いずれの薬も食後服用するもので、種類の数と服用する錠剤の数は一様ではない。毎食後必ず飲む薬は、5種類のうち2種類。血圧の薬は朝だけで、これだけは欠かせない。したがって、朝は5種類、昼は2種類、夜は4種類と、ちょっと複雑。食前薬がないだけ、ホッとしている。そんなことで、「飲み忘れ」入院施設などで言ういわゆる「与薬洩れ」を時々起こす。旅行など行こうものなら、かなり乱れてしまう。そんな中、6年前に母親が亡くなった時、与薬洩れ防止用の容器(?)を形見に貰った。それまで使っていたものは幾らも入らないので余り役に立たなかったが、形見の容器は分類が確実に出来て、とても便利な優れものだ。横軸を曜日とし、縦軸を朝昼晩夜に仕分けられるボックスがあり、さながら7×4=28のマトリックス表のような木箱だ。この容器を使ってからは、洩れは大分改善された。とにかく、昼の薬が忘れがちで、2種類の薬が残ってしまう。月単位にすれば、結構の量となるので、今はドクターに正直に話して調整して貰っている。こういう場合、失礼ながら、「良い患者さんを演じている方」だと、おそらく「捨ててしまうだろうな」と被保険者の1人として杞憂している。
こうして、毎日たくさんの薬を飲んでいると、副作用や薬代のことが気になる。前者は、10数年飲んでいるが、今のところ表立っては何も起きていない。効能は、現在まで元気でいられることが証明してくれている。が、何せ「化学物質」。答えは我が身を解剖でもしない限り全てを解明出来ないことは分かっているので、考えないことにしている。
薬代の方は、そうは行かない。国全体の医療費の増高に寄与してしまうことになるとの思いもさることながら、その自己負担分は我が身の家計に直接影響する。現役の頃には左程に感じなかったが、年金生活になると結構キツイ。収入に対する薬の自己負担分の割合、エンゲル係数ならぬメディスン係数(筆者の造語!)も大幅にアップした。そんな矢先、薬局の方から、5種類のうちの2種類にジェネリック薬品があるとのことで、勧められた。“渡りに舟”ならぬ“渡りにジェネリック”とはこのことかと、素直に喜んだ。お陰で、およそ2割程度負担が軽減された。
いずれにしても、これまでどおりの生活が出来ているのは薬のお陰と感謝するとともに、飲まないで済むようなカラダになりたいものだ。

