2009年08月31日
「わたしと薬」 (栃木県・28歳 女性)
いつも小さなポシェットを下げている。
その中には、投薬のメモ、かかりつけ病院の診察券三枚、保険証、吸入のディスク、パルスオキシメーター。マスコットタイプのキーホルダーに、ステロイド錠剤。
普段はお世話にならない。普段お世話になっている薬は、別のボックスがあって、自宅においてある。
基本的に必要ないけれどいつでも下げている。急に倒れたときのために。
ポシェットの中身で、なんとなくどんな病気かはわかるだろうか。そう。喘息である。
私は教員をしていて、ついでを言うといつも水を入れたマイボトルも持ち歩いている。
そして一年中マスク。
喘息の薬を毎日服用するようになったのはもうすぐ27歳になるときのことだった。
よく考えてみると、小さい頃からよく体調を崩し、よく薬を飲んでいた。
それだから、幼稚園の頃から、水薬は目をつぶってでも、ぴったり計量できるくらい慣れていた。
少し大きくなって、献血が出来る歳になると、
『三日以内に薬を服用していない』
にチェック出来るよう、アレルギーの薬を絶ったこともあった。
それだけ、健康だと勘違いしていたのだと思う。
今の薬は二年続けて飲んでいる。そして一生飲み続ける覚悟でいる。
ただ、飲めない時期がある。
妊娠、出産を望む時期。
主治医にはいつもこう言われている。
アレルギーの薬は、胎児へのリスクが大きいから
結婚したら知らせて下さい。妊娠の予定があれば相談しましょう。
そう。私はそんなことをも管理されるのだ。
発作を起こす度に、
「私は働く資格がない」
と落ち込み
本当に妊娠を望んだ時にコントロールすれば間に合うのだろうか、
自分の子どももアレルギー体質で生まれてくるのだろうか、もしそうなら生まれてから一生病気と薬と付き合うのだろうか
とやるせない思いに苛まれる。
私が接している生徒の中にも喘息持ちの子はたくさんいる。
小児喘息のうちに、ぜひとも治してもらいたいと思う。
特に、まだ男女平等とは言えない世の中では、男性は『働かなくては』ならない場合が多いだろう。そして、妊娠を望むから、といって薬をコントロールするのもいろいろな意味で大変であろうと思う。
適切な治療を受け、薬とうまく付き合い、薬を利用して生きていきやすくなって欲しいと思う。
薬は楽になる草、なのだから、体も心も楽になればいいと切に思う。


