
東京工芸大学工学部工学科 情報コース 教授
同年 東京工業大学大学院総合理工学研究科助手
2007年 同大学同研究科助教
2010年 東京工芸大学工学部コンピュータ応用学科准教授を経て、2017年教授。現在に至る
当記事の目次
片上教授が「ヒューマンエージェントインタラクション」や「雰囲気工学」に強い関心を持たれるようになったきっかけを教えてください。
私の研究の原点は、アニメに登場するようなロボットを創りたいという思いから、機械分野を志望したことにあります。しかし、やがて本当に追求すべきは、ハードウェアではなく、その中核をなす「知的なシステム」そのものであると気づき、大学院では知能情報学の研究室へと転向しました。「知的なシステム」が人間とどのように協調するのかという点に強い関心を抱いたことが、ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)を研究テーマとしたきっかけとなるかと思います。
HAIの研究を通じてシステムと人間の相互作用を探る中で、個々のシステムではなく、知的な複数の自律システムが相互作用することで自然発生する「環境の雰囲気」にも、大きな可能性を感じるようになりました。「知的なシステムが人間社会のように複雑な雰囲気や環境を創造できるのではないか」という問いが、同様の考えをもつ研究者らと雰囲気工学を始めるきっかけとなったと思います。
人間には不可能であったことも実現する知的なシステムや環境を創造することは、将来の社会に全く新しい価値をもたらす技術だと確信しており、この未来への強い期待こそが、現在の研究活動の最大の原動力にもなっています。
人とAI・エージェント間の対話技術は、今後どのような分野で活用が広がるとお考えですか?
知的対話技術の応用範囲は極めて広範であり、今後の展開においては、人間とエージェント間で「長期的な関係性」を構築することが最も重要になると考えています。その実用化を支える核として、協調性、説得力、そして信頼性の醸成といった、人間特有の高度なコミュニケーション能力をエージェントが備えることが重要です。
具体的な応用分野としては、まずモビリティ分野での運転支援エージェントが挙げられます。これは、単なる機能的なナビゲーションを超え、同乗者のように運転支援や雑談を行うことで、ドライバーの安心感と快適性を高めるシステムです。感情や状況を理解し、運転者のストレスを軽減する高度な対話が求められます。
さらに教育分野においては、生徒一人ひとりの学習進度や特性を深く理解し、人間の教師のような適切な「雰囲気」を醸成しながら個別指導を行うエージェントが、教育機会の均等化や質の向上に大きく貢献するでしょう。また、高齢者や単身者への対話相手としての役割や、日常生活全般にわたる細やかな生活支援を担う福祉・生活支援分野への活用も進みます。特に人手不足が深刻化する医療・福祉の現場において、エージェントが人間らしいサポートを提供できるようになることが期待されます。
AI技術の進歩は極めて急速であり、数年先の未来でさえ想像を絶するほどの革新が絶え間なく起こる、非常にエキサイティングな研究領域です。この広範な応用を実現し、エージェントが社会に円滑に受け入れられるためには、「人間とエージェントが良好につきあっていく方法」や「ユーザーがエージェントに飽きることなく関わり続けるためのメカニズム」など、基盤となる重要な研究課題が数多く残されています。これらの課題を解決することが、将来的な活用拡大を支える強固な土台となると考えています。
今後、人とAIがより自然に共生するためにはどのような課題があるとお考えですか?また、ご自身の研究ではその課題に対してどんなアプローチで取り組まれていますか?
AIエージェントは、現在、先進テクノロジーの状況を示す米調査会社ガートナーのハイプサイクルでも「期待のピーク」に位置しており、今後さまざまな領域で活用が進む一方で、その問題点や倫理的な課題も顕在化する時期を迎えています。他の領域と連携しながら、これらの課題について議論を進めていくことが不可欠です。
特にヒューマン・エージェント・インタラクション(HAI)の分野においては、技術的な性能だけでなく、信頼性、感情、そして人間のような長期的な関係性の構築といった、人間にしか備わっていない側面にどのように取り組むかが重要な課題となってきます。
また、対話システムを実社会に溶け込ませるための具体的な課題として、人間と同じようなきめ細やかな「配慮」ができるかという点があります。現在の生成AIの仮想人格は、多くがユーザーを肯定的に受け入れる傾向がありますが、実際の人間同士の会話では、否定や指摘を通じて新たな気づきや成長が生まれることも少なくありません。この肯定と否定のバランスを含めた、高度な社会性をエージェントにどのように実現するかが極めて重要なポイントであると考えています。
私たちの研究室では、これらの課題、特に人間の側面(信頼性、感情、長期的な関係性)に取り組むことを重視しています。究極的には、質問で挙げられた「細かい配慮」の課題解決に向けたアプローチとして、理想的な親友のような対話システムを創ることを目指しています。
HAIの研究は、工学、認知科学、社会科学などの様々な分野から横断的に課題解決に挑戦できる、比較的新しい研究領域です。私たちは、人間とエージェントが協調作業をスムーズに実現できるか、あるいは、エージェントを介した人間同士のコミュニケーションをより豊かにできるかといった、HAIが提示する様々な興味深い研究課題に対して、多角的なアプローチで挑み続けます。
ヒューマンエージェントインタラクションや雰囲気工学の専門家として、AI時代の人間と技術の理想的な関係性についてご意見をお聞かせください。
AI時代における人間と技術の理想的な関係性を考える上で、まず前提とすべきは、従来の「人間が機械を使う」という一方的な道具としての関係が劇的に変化するということです。かつてAI分野やヒューマンエージェントインタラクション(HAI)の分野で描かれていたのは、秘書のようなAIのイメージでしたが、現在では技術の進化に伴い、対等な「パートナー」のような間柄を想定することが、研究の一つの潮流となっています。
私が理想とするのは、単なる機能的なアシスタントではなく、人間と同じように雑談ができ、感情や信頼といった人間にしかない側面に寄り添いながら、共に成長できる親友のような対話システムです。さらに、人間と同じ能力を持つことに留まらず、人間単独では達成できないようなことが実現できる知的なシステムを創造することに、大きな価値があると考えています。これは、単なる道具としての技術ではなく、信頼性、感情、そして長期的な関わりといった人間的な側面に根ざし、人間社会に深く浸透し、協働できるパートナーの実現を意味しています。
私たちの研究は「人間とエージェントが上手くつきあっていくにはどうすればよいか」「人間社会にエージェントが円滑に受け入れられるためには、どのような技術的・社会的配慮が必要か」といった、共生の核心に迫る問いに挑戦しています。技術を単なる利便性向上ツールとしてではなく、社会全体の豊かさを高める「パートナー」として確立させることが、新しいAI時代における人間と技術の目指すべき理想的な関係だと確信しています。
最後に、「人工知能」や「情報科学」分野を志す学生や社会人の方々に、メッセージをお願いします。
人工知能や情報科学の分野は、世界中で最新技術が絶えず開発・提案されており、数年先の未来さえ予測できないほどの劇的な進歩が続く、非常にエキサイティングな領域です。この分野は常に進化し続け、尽きることのない探求の喜びと楽しさを与えてくれます。
この分野で研究を進め、未来を切り拓く上で、私が最も大切だと感じるのは、純粋に「何か面白いことをやってみたい」と感じる高い好奇心です。新しい技術、新しい現象に対して「なぜだろう」「どうなっているのだろう」と探求する心こそが、研究をドライブする最大のエネルギー源となります。
限りない将来性を持つこの分野に興味を持たれた学生や社会人の皆様には、ぜひこの世界に飛び込んできていただきたいと強く願っています。皆様の好奇心と挑戦が、人間とAIのより豊かな共生社会を築く礎となります。私たちと一緒に、この刺激的な分野をさらに発展させていきましょう。
