【がん検査・治療のいま】「遺伝子パネル検査」の威力

「がんゲノム医療時代」の開幕を告げた
がん医療最前線では「遺伝子パネル検査」など新たな検査・治療方法が次々に登場しています。
「遺伝子パネル検査」は、がんの組織を採取して多数の遺伝子を同時に調べるもので、一人ひとりの遺伝子の違い(遺伝子変異)などを解析し、がんの特徴・性質を明らかにします。
がん細胞は正常細胞に遺伝子変異が生じたもので、ブレーキ(細胞増殖を停止させる機能)が効かなくなり、無限に増殖します。さらに正常細胞が生きられない低炭素状態でも生存可能で、他臓器へ転移可能といった特有の性質を持った、がん細胞を生み出します。
「遺伝子パネル検査」によって遺伝子変異が明らかになれば、がん細胞の狙い撃ちが可能になります。
その役目を担うのが1990年代に登場した、特定の分子を攻撃する「分子標的薬」です。遺伝子変異によって生じたタンパク質の分子だけをターゲットとしており、投与することで、その分子の働きを妨げることができるようになりました。
従来の「常識」をひっくり返す大発見
 わが国の「がんゲノム医療」の嚆矢となったのは間野博行自治医科大学教授(当時)が2007年、肺がん患者から融合型がん遺伝子である EML4-ALKを発見したことです。
 本来異なる遺伝子であるEML4とALKが染色体転座を起こして融合し、強力ながん化能力を持つタンパクが生み出されていました。 EML4-ALKの発現を阻害すれば、がん細胞の増殖が抑えられます。そこでALK阻害薬を患者に投与したところ、劇的に症状が改善しました。
 従来の「常識」をひっくり返す大発見で、分子標的薬であるALK阻害薬が実用化される、きっかけともなりました。その頃から世界各地で、がん研究が急速に進展し、多くの原因遺伝子が突き止められ、さまざまな分子標的薬が使用されるようになりました。
 がんの種類によって薬剤を選択するのではなく、がん細胞のゲノム(遺伝子情報の総体)を解析することで、原因遺伝子を突き止め、その原因遺伝子の発現・亢進を阻害する薬剤を開発したり、他のがんの治療薬を転用したりすることで、がんを抑制する「がんゲノム医療」が立ち上がったのです。
 従来から行われていた「遺伝子検査(コンパニオン診断)」は、ある特定の遺伝子異常をターゲットにしたもので、遺伝子をひとつ、もしくは、いくつかを調べていました。
一挙に遺伝子変異を調べられる
 対して、がんゲノム医療は「がん遺伝子パネル検査」によって数百種の遺伝子を一挙に調べ、それに基づき適切な医療薬(分子標的薬)を探索するものです。
 たとえば肺がんの原因となる遺伝子変異がEGFRだとわかっていれば、治療薬としてEGFR阻害剤を使用すればいいわけです。ところが、肺がんには別の遺伝子変異が原因となっているケースもあります。順番にひとつずつ調べていくより、一挙に遺伝子変異を調べられる「遺伝子パネル検査」のほうが、はるかに効率的に行えます。
 2019年から「次世代シークエンサー(NGS)」という最先端の遺伝子解析装置を使用した「がん遺伝子パネル検査」が保険適用になりました。
 「がんゲノム医療は手術・生検で採取した、がんの組織を検査し、がんの発現・増殖を促す遺伝子異常を見つけ出し、一人ひとりの患者さんにとって最適な治療法を探す、典型的な『個別化医療』です。ただ、対象となる患者さんは標準治療が終了したか、終了見込みの方に限られています。遺伝子検査後に治療薬を発見できる確率は10数%にとどまっています」
 とゲノム医療に携わる医師は話します。制約・課題は多いものの、「遺伝子パネル検査」が「がんゲノム医療時代」の幕を開けたことは間違いありません。
 がんゲノム医療ができる医療機関として、がんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院が指定されており、どこにいても、がんゲノム医療が受けられるよう、もれのない体制づくりが進められています。
※『名医のいる病院2024 がん治療編』(2023年12月26日発売)から転載
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