【最新医療最前線】世界初の装着型サイボーグ「HAL」~「IT医療革命」の最前線で縦横の活躍:山海 嘉之

山海 嘉之

世界初の装着型サイボーグ「HAL」による「IT医療革命」の最前線で、開発者、経営者、制度設計者として縦横無尽に活躍するCYBERDYNE株式会社の山海嘉之代表取締役CEOに大いに語ってもらった。
―医療用HALでは治療が困難とされる難病にも対応しているんですね。
 画期的な点は装着することで人をサイボーグ(体の一部を機械に置き換えた人間)化して、身体の一部のようにHALが機能することです。体に埋め込まなくても効果を出すことができ、「装着型サイボーグ」と呼んでいます。
 医療現場では、医療用HAL下肢タイプを用いて神経・筋疾患患者の身体機能を改善・再生するための「サイバニクス治療」が行われています。
 2016年、日本では脊髄性筋萎縮症(SMA)、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)、 遠位型ミオパチー、封入体筋炎(IBM)、先天性ミオパチー、筋ジストロフィーの緩徐進行性の神経・筋疾患8疾患に保険適用されました。ロボット治療機器としては初の公的医療保険の適用となります。2020年10月現在で、60施設以上の医療機関などが医療用下肢タイプを使っています。また、2020年10月に、脊髄損傷に加えて、米国FDAから、ついに脳卒中、神経筋難病が追加承認されました。
 2020年7月には筋力低下や麻痺などにより、上肢や下肢などの運動機能が低下した患者に使用する医療用HAL単関節タイプが医療機器としての認証を取得しました。
生体電位信号をキャッチし、意思と同期した動作を実現
―HALが機能改善・機能再生に寄与するメカニズムを教えてください。
 通常、人が体を動かそうとすると、脳から脊髄、運動ニューロンを経て筋肉に神経信号が伝わり、その神経信号に従って意図した動作を実現するように筋肉が動きます。このとき、脳の指令を伝える微弱な生体電位信号が皮膚表面にも現れます。 脊髄損傷や脳性麻痺などの疾患があって身体が動かしづらくなった方も、脳から身体を動かそうとする信号を発しています。ただ、その信号がうまく筋肉に伝わりません。
 HALは皮膚表面に漏れ出てくる、きわめて微弱な生体電位信号を皮膚に貼ったセンサでキャッチし、装着した人の運動意思に従った動作を実現します。
 たとえば脳が「立ち上がろう」と運動意思を発し、その結果、その立ち上がり動作が実現すると、立つことに対応する感覚情報が運動意思と同期し、脊髄を経由して脳へフィードバックされ、脳神経系と筋骨格系の情報伝達ループができあがります。
 身体が動かない方・動かしづらくなった方でも、HALを装着することで、脳からの信号にもとづいて、こうした運動を繰り返し行うことができます。そうすると、中枢系と末梢系の間で情報伝達ループが活性化されていく。つまり、脳神経系と筋骨格系の間のつながりが強化・調整され、機能改善・機能再生が促進されていくのです。
―医療用HAL下肢タイプの対象として、筋ジストロフィーが入っているのにも驚きました。
 筋ジストロフィーは筋肉が壊れていく病気です。身体を動かしたら、筋肉が壊れるスピードが速くなると思われていたので、従来、筋ジストロフィー患者の治療は困難だとされてきました。
 先程ご説明した神経系の情報伝達ループを回すことにより、進行性の疾患であっても身体機能を改善・維持できたり、進行を遅らせたりといった結果が治験や使用成績調査で示されています。
 筋肉の負荷をとらえる指標(CK値)が、通常では筋ジストロフィーの方ですと数値が上がってしまうのですが、HALを使うとCK値が下がったのです。これは、身体機能が改善し、効果的・効率的な動きが可能となり全体として筋負荷を低減させることに繋がって、CK値が下がったと考えられます。これまでの医学では想定されていなかった現象です。
全国に16のロボケアセンターを開設
―2020年11月2日、国内16カ所目となる熊本ロボケアセンターが開設されました。このロボケアセンターとは、どういうものでしょうか。
 医療用のHALについては、色々と説明してきた通りです。ただ、病院を退院した後も身体機能が低下している方や障がいをお持ちの方がいます。何かできることはないかと考え、ロボケアセンターを立ち上げました。ここでは、脳・神経・筋系の機能向上プログラム「Neuro HALFIT(ニューロハルフィット)」を提供します。具体的には、関節の曲げのばし、体起こし、立ち座り、バランス運動、歩行など、利用される方の状態に応じたプログラムが行えるようになっています。
 これらの施設で使われるHALは非医療用のもので、種類も豊富です。下肢(両脚)タイプ、単関節(ひじ・ひざ・足首)タイプ、腰タイプが用意されています。
―2019年には岡山県倉敷市、仙台市、広島市、北九州市、名古屋市、東京・千代田区、札幌市、神戸市にオープン、そして今年は福岡市、熊本市と開設が相次ぎました。
 やはり地域からの要望が強いのです。たとえば三重県鈴鹿市に鈴鹿ロボケアセンターがありますが、愛知県内から通う利用者も多く、名古屋市内での開設を切望する声が聞こえてきました。
 そうした声に応えるため、2019年8月、家電量販店大手、エディオン名古屋本店に鈴鹿ロボケアセンター直営の名古屋ロボケアセンターを開設しました。名古屋駅に近く、利用しやすい家電量販店内に設置したことで利用者にも好評を博しています。
 ロボケアセンターは全国に点在している状態で、まだまだ少ない。そこで、自宅でNeuro HALFITのプログラムを受けられる新しいサービスもスタートさせました。HALの腰タイプを個人にレンタルし、自宅でも短期間で集中的にプログラムに取り組むことができます。
 脳梗塞や脳出血、脊髄損傷、脳性麻痺、神経筋疾患難病などの疾患の方や、介護が必要で少しでもQOL(生活の質)を上げようとしている方、足腰や体幹機能を維持向上したい方、加齢に伴う身体機能の低下を予防したい方などがNeuro HALFITに取り組んでいます。
―脳神経系と筋骨格系の情報伝達が断たれたと思われるケースでも、機能改善は可能なのでしょうか。
 まさに、その質問に、ぴったりの事例があります。少年は2歳のときに交通事故に会い、第2~第4胸椎を損傷し、完全脊髄損傷患者となりました。以来、10年以上、車椅子生活です。胸から下の感覚がなく、下肢は全く動きません。体幹も思うように動きません。
10年以上、まったく動かなかった脚が動きはじめた
 そこで上半身の機能を改善するために腰タイプを装着してもらいました。脳から末梢の筋への生体電位信号も検出できず、下肢はピクリとも動きませんでした。しかし、しばらく続けていると、スパイキーなノイズのような非常に小さな信号がたまに出ていることに気づきました。ノイズかもしれませんが、私たちは何かあると感じました。
 HALのセンサはノイズに強く高感度で、きわめて微細な生体電位信号も読みとります。HALが、かすかに反応し、3時間ほどが経過したころ、それまでピクリとも動かなかった脚がご本人の意思で動きはじめたのです。そして、「ワー!」という少年の叫び声。周りの大人たちも感動に包まれた瞬間でした。
―すごいですね。10年以上、まったく動かなかった脚が動きはじめた。そのときの少年の歓喜が手に取るように伝わってきます。
 体幹動作の状態が悪かったので、腰タイプを使うことにしました。しばらく使っていくうちに、上半身の状態は徐々に良くなってきました。その後、下肢タイプに切りかえ、下半身の機能改善に取り組みました。そして、ついに、弱い力ですが、HALなしで、腿上げなど脚を動かせるようになってきたのです。
 さらに驚いたのは、排泄感を感じ始め、今では、排尿や排便を、ほとんど自分でコントロールできるようになったことです。だれしもそうですが、特に思春期の少年少女にとって排泄を自分でできることはとても大切なことなのです。最近では「車椅子テニスが強くなりたい」「外国に留学して国際的に活躍してみたい」と熱く語るまでになりました。

実験室と化した自分の部屋で化学実験、物理実験に明け暮れた小学校3年生
―この分野を志した、きっかけを、お聞かせください。
 小学校3年生ぐらいのとき、母親が買ってきてくれた本の中に、アイザック・アシモフの『われはロボット』という本がありました。
 その「序章」は人生の大半をロボット研究に捧げた主人公の女性に、ジャーナリストが取材をする場面から物語は始まります。 2003年にコロンビア大学を卒業し、大学院に進んで2008年に博士号を取得した彼女は、黎明期のあるロボット企業に就職し、研究者として、後に研究統括者としても活躍します。その企業は人類史上稀有な発展を遂げるのですが、そこに至るまでの様々なトピックスを取材して描かれる短編集です。
 それを読んで、研究開発にあたる人たち、特に博士と呼ばれる人たちというのは、どういう人なんだろうと思い、子ども心に、そうした方向を志向するようになりました。そして科学者、研究者への道を歩むことを決意し、少年時代を過ごすことになりました。
 小学校3年生の終わりごろになると、自分の指がなぜ動くのかとか、生物や植物を不思議に思ったりして、科学実験にも興味を持つようになっていきました。教科書や雑誌に載っている実験は、たいてい自分でやってみます。私の部屋は実験室と化しました。発信器、ラジオもつくりましたし、無線の設備もありました。
 化学実験、物理実験に明け暮れたり、一日中、顕微鏡をのぞいたり。小学校、中学校と1日7~8時間費やしていましたね。ボルタやガルヴァーニの電気と筋肉の実験を書籍で見てからは、岡山城のお堀からウシガエルをつかまえてきて自作の発振器を使って周波数と筋収縮の基礎的実験などもしてみました。確認が終わったら、お堀に戻しました。元気よく泳いで逃げて行きました。
 親からは「そろそろやめて寝なさい」と言われるまで続け、夜中にこそこそ起き出しては実験を続けたこともありました。大人になっても少年期のそのような感覚は変わってないように思います。
―幼い山海社長を支え、導いてくださった2人(ひとりはお母さま、もうひとりは『われはロボット』のスーザン・キャルヴィン博士)に御礼を申し上げたいと思います。お2人とも現在の社長の活躍を心から喜んでくださっていると確信します。
※『つらい痛みを名医が解決! 骨 関節 リハビリの頼れる病院2021』(2021年1月発行)から転載
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