医療最前線
「細胞シートを使った軟骨再生治療」への挑戦
-変形性膝関節症患者に朗報!

 

「不可能」といわれた軟骨再生に光明が見えてきた――。東海大学医学部付属病院では「細胞シートを使った軟骨再生治療」に取り組む。その概要と進捗状況を佐藤正人東海大学教授に伺った。

 

変形性膝関節症の軟骨欠損を治療

 
「難しい」といわれたひざ軟骨の再生に取り組む試みのひとつが「細胞シート」を使った軟骨再生治療だ。細胞シートは細胞同士がくっつきながらシート状になったもの。自己(自家)もしくは他家の細胞から作製した軟骨細胞シートを、ひざに移植し、変形性膝関節症の軟骨欠損を治療する。
 
 2019年1月、厚生労働省で行われた「先進医療合同会議」で、東海大学医学部付属病院が申請していた「自己細胞シートによる軟骨再生治療」が先進医療Bとして「適」の判定を受け、本格的な臨床研究が始まった。
 
研究チームを率いるのは同大学外科学系整形外科の佐藤正人教授。防衛医科大学校の出身で、防衛医科大学校時代は椎間板ヘルニアのレーザー治療の研究に取り組んでいた。
 
「飛び出した髄核をレーザーで焼くことで空洞をつくり、神経への圧迫を減らして痛みをなくそうという治療です。空洞が残ったままだと椎間板が歪んでくるので、空洞を何かで埋める必要があります。そこで考えたのがコラーゲンをスキャホールド(足場)にして細胞を混ぜ合わせたもので空洞を埋めることでした。動物実験の段階では成功し、論文化しました」と佐藤教授は振り返る。
 
「その成果を学会で発表したところ、東海大学整形外科の前任の持田讓治教授(現・名誉教授)が見ていて、『東海大に来ないか』と誘われました」。当時は自衛隊所属の特別職国家公務員だったので、簡単には異動できない。約1年、待ってもらった。「細胞シート」を使った再生医療の研究自体は佐藤教授が防衛医科大学校から東海大学へ移った翌2004年にスタートした。
 
 動物実験を経て、2012年、厚生労働省の承認を受け、患者本人の細胞から作製した自己細胞シートを移植する臨床研究を開始した。合計8名の患者に細胞シートを移植し、その結果をチェック、全例で安全性と臨床症状の改善、硝子軟骨の修復再生に効果が見られた。
「8名の中には移植後も運動を続けている方が多く、バレエのインストラクター、シニアの卓球全日本チャンピオン、四国八十八ケ所めぐりを達成された方などもいらっしゃいます」と佐藤教授は力を込める。その成果をもとに「先進医療B」を申請し、認定にこぎつけた。
 
 

骨切り術と同時に行うことでさらに威力を発揮

 
「先進医療B」では、まず登録患者20名に移植手術を行うことになった。コロナ禍にもかかわらず、全国から希望者が同病院を訪れ、2022年2月時点で登録例10例(移植数9例)に達した。
 
「対象者は変形性膝関節症の患者の中でもO脚を矯正する術式である骨切り術の適応患者に限られています」
 
変形性膝関節症の外科手術には関節を金属に置き換える「人工関節置換術」と自分の関節を温存する「骨切り術」があるが、人工関節置換術の適応患者には細胞シートの移植は難しい。移植手術は骨切り術と同時に行っている。
 
「O脚のままでは軟骨を再生させることができても、力学的に体重がかかっているところを何とかしない限り、またすり減ってしまいます。骨切り術でO脚を治し、軟骨欠損部の不良組織を取り除いてきれいにしてから、細胞シートを移植します」と佐藤教授。骨切り術とセットにすることで細胞シートが、さらに威力を発揮する。
 
「細胞シートが大量に放出する液性因子が骨髄由来細胞に働きかけて軟骨への分化を促進、軟骨の修復と再生に大きな役割を果たします。生体が持っている自然治癒力を最大限に活用しているわけです。軟骨が再生するとクッションになるので、ひざに対する負荷も軽減され、骨切り術の治療効果を長く保てます」
 
 

細胞組織の連結が切れない温度応答性培養皿

 
治療のプロセスは①ひざの軟骨・滑膜組織を採取する、②採取した軟骨細胞、滑膜細胞を温度応答性培養皿で培養する、③細胞を積層化し、細胞シートを作製する、④外科手術で細胞シートを移植する、という流れになっている。
 
温度応答性培養皿とは東京女子医科大学の岡野光夫(てるお)名誉教授が開発した技術。佐藤教授は早くから細胞シートに注目、2004年から岡野名誉教授らと共同研究を行ってきた。
 
通常のシャーレで細胞を培養した場合、増やした細胞を回収するためには必ず酵素処理をする必要がある。酵素処理をすると結合タンパク質が破壊され、細胞間の構造的・機能的連結が切れ、くっついていた細胞同士がバラバラになってしまう。
 
そこで温度応答性の特殊なポリマーをシャーレにコーティングし、温度を変化させることで、細胞シートの状態で回収できるようにした。細胞シートは底面に接着因子を持っているため重ねることが簡単で、3次元構造の構築も容易。きわめて便利で有益な道具が誕生した。
 
治療プロセスのうち、①④は東海大が、②③はバイオベンチャーのセルシードが担当する。細胞シートは患者の細胞を活性化するとともに、自己修復能力を引き出すもの。移植した患者全員に軟骨の修復再生の効果が見られる(2022年2月現在)。ただ、回復の度合いには個人差がある。
 

  移植前

 移植後1年

 
 

他家細胞を利用した臨床研究も実施

 
「大きな課題が2つあります。1つ目は先進医療のため、患者さんの負担が高額になること。2022年2月現在で404万5000円。生命保険の先進医療特約に入っていないと、なかなか踏み切れません(同時に行う骨切り術は保険適応)。アカデミア主導ですから、どうしても時間がかかっていますが、一刻も早い保険収載を目指したいですね。
 
2つ目は自己細胞を使用するので、細胞の採取と移植のため、手術が2回必要なことです。患者さんの体に負荷がかかります」
 
そこで、佐藤教授は「先進医療B」とは別に同種(他家)細胞を利用した臨床研究にも取り組んでいる。多指症の赤ちゃんの多指症手術時に廃棄される組織から軟骨細胞を取り出して利用するもの。手術は細胞シートを移植する1回で済む。体への負担が少なくなるので、患者にとって大きな朗報。同種細胞シートはセルシードが薬事承認を目指して治験を準備中だ。(取材・文 岡林秀明)
 
 
 
佐藤 正人 プロフィール

 
※『名医のいる病院2023整形外科編』(2022年6月発行)から転載
 
追記 2023年4月17日現在で、登録数13例(移植数12例)に達した。

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