日本初の枕外来 山田朱織枕研究所

山田朱織枕研究所

人は生涯、約3分の1の時間を眠りに費やす。この一生で大きな割合を占める睡眠を“快眠”に換えるため、2002年、枕を治療道具とする日本初の枕外来を開設したのが神奈川県相模原市にある16号整形外科院長で、併設の「山田朱織枕研究所」の代表を務める山田朱織医師だ。山田医師のもとを訪ね、枕が睡眠に与える影響、理想の枕はいかなるものかを聞いた。
枕の高さを調節すると寝返りが楽になる
「まず、理想の枕を体感してもらいましょう」と枕診断士と呼ばれるスタッフに案内されたのは山田朱織枕研究所内にある計測室。ベッドに横になり、タオルケット状の布を何枚も重ね合わせた枕に頭を乗せる。枕の表面は硬く、頭部が重さで沈み込まない。枕を肩へぐっとたぐり寄せ、肩口にしっかり当てる。
「高さが少し低いですね、これでどうでしょう」と枕の上にさらに数枚、布を重ねて高さを調整する。すると、肩周辺の緊張が和らぎ、喉や首筋の圧迫感が消えるのを感じる。
「腕を胸の前でクロスして寝返りを打ってみてください」と促されるまま、体を仰向けの状態から右側へ横向きにする。全身のどこにも力を入れずに体を回転できた。いつもの寝返りなら、肩に引っ張られるように腰が回る感覚だが、それがない。肩と腰が同時に回る。腕を胸の前でクロスさせても、くるくると楽に左右に体を転がせる。
「合わない枕は拷問と同じ」が持論
「私はスムーズな寝返りを最も重視します。寝返りは血液やリンパ液、関節液を循環させます。体圧分散のほか、背中や腰などの熱のこもりを防ぐ体温調節機能など、重要な役割があります。力がいらないスムーズな寝返りは、就寝中でも体が緊張せず、眠りを邪魔しません。これにより、深い睡眠が続くのです」
 山田医師によると、体は横向きの時、額から鼻、顎、胸の真ん中までの一直線が寝具面と並行になることで軸が通り、寝返りしやすくなるという。「この軸とはすなわち背骨。就寝中も背骨がまっすぐに伸びるよう、睡眠姿勢を正し、保つためには枕が重要なのです。たかが枕、されど枕ですね」
 適切でない枕を使い続ける弊害にも言及する。
「合わない枕は拷問と同じ。これが私の持論です。枕が柔らかい、もしくは高さが合わないものを使うと、首周辺がぐらぐらと不安定になります。頸椎の中を走る神経が挟まれ、引き伸ばされて神経を痛めつけます。首周辺の痛みやしびれ、こり、不快感などの原因になります。最近、中心部に凹みがある枕がありますが、これもNG。頭部を窪みの底から坂を上がるようにして寝返りを打つ必要があり、労力を使うので睡眠を妨げてしまいます」

 

再診時、素材を持参して、枕を手作り
 枕外来は山田医師が2002年に開設。肩こりや頭痛、不眠などを診断し、治療の一環として適切な枕を指導する。
「普段から肩こりや腰痛に悩む方が、朝目覚めた時、特に症状を強く感じて、枕に原因があると疑問を持ち、来院されます」
 枕外来ではまず、問診で患者の寝具や生活様式などを事細かく聞く。「カルテはまるで一冊の物語のよう」と山田医師は苦笑する。
 続いて、症状の原因を調べるための触診を経て、画像診断により確定診断を下す。この結果に基づいて治療計画を立て、生活指導などで改善を目指す。最後に適切な枕を手作りするための説明をして初診が終了。次回の再診時に、寝具作りに必要な素材を持参、ミリ単位で高さを調節して、実際に枕を作る。手作り枕のメンテナンスが大変とか面倒という場合は枕外来を一旦終え、併設の山田朱織枕研究所でオーダーメード枕を作り、購入できる。
「良い枕には3つの条件があります。1つ目は適切な高さ、2つ目が約4kgもある頭部を乗せても5mm以上沈まない硬さ、3つ目がフラットな形状です。この3つを満たす枕に換えると、肩こり、頸部痛、肩上肢痛、不眠などに悩む患者さんのうち7割以上、手の痺れ、頭痛、めまいなども6割近くに症状の改善がみられます」

 

父が姿勢に着目、その考えに理論を後付け構築
 さらに、山田医師は高齢化社会における、枕の重要性を訴える。
「例えば、ご高齢になると、夜中、トイレに頻繁に行くのが当たり前といわれますよね。でも、それは嘘です。トイレに行きたいから起きるのではなく、熟睡できていないから尿意に気づき、トイレに何度も行くのです。介護施設などでは、ウレタンの低い枕を散見しますが、感心しませんね。ご高齢になると背骨が丸く曲がり、硬化します。低い枕だと、亀がひっくり返ったように頭が下がってしまうのです。高い枕で頭下がりを解消、寝返りをする重心を確保すれば、熟睡できます。夜中にトイレに行く回数も激減するはずです」
 今日の枕外来につながる、姿勢を重視する整形外科治療は、山田医師の父、熊谷日出丸医師が1972年、東京町田市に開業した成瀬整形外科に端を発する。
「それは不思議な光景でしたね。待合室にいるみなさんが、大きな紙袋を抱えて診察を待っているのです。父の治療は全て、姿勢が原点でした。姿勢を正せば、症状が改善すると。首や肩、腰、ひざの不調と寝具、特に枕との関係に医療理念を持っていました。患者さんに普段使っている座布団とタオルケットを持参してもらい、それを使い、体に合った座布団を枕にして指導をしていました。診療中、父は笑い、患者さんが喜ぶ姿が記憶にあります。就寝中も体に一本軸が通れば楽に寝られると気づいたのが父。その考えに、どんどん理論を後付け、構築するのが私の仕事でした」

 

首が原因の頭痛にも枕が有効
 例えば、多くの日本人を悩ます頭痛の緩和にも枕が有効だという。
「よく耳にする片頭痛は全頭痛の中の2、3割程度で、わずかな部類です。圧倒的に多いのは首が原因の筋緊張性頭痛です。しかし、頭痛に悩む患者さんの多くは脳神経外科でMRIやCTで検査しても脳に問題が見つからず、原因が判然としないままです。こうした首が原因の頭痛の治療にも枕が有効だと覚えておいてください」
 枕の有効性は奥が深い。首や肩、腰などの身体の不調のみならず、気分も変える。
「私も患者さんも一緒に驚いたことがあります。その方は60歳代の男性。朝、起床後すぐに肩こりとだるさがあり、倦怠感が一日中続いて辛いと嘆いていました。ご家族は朝食を食べない、新聞も読まず、自宅のアトリエでの仕事も手に付かない男性を見るにつれ、心配がつのりました。私は男性に使用中の枕を換えてもらいました。それから約2週間後、朝から続く肩こりや憂鬱な気分が消えたと言うのです。おいしく朝食を食べ、新聞も読んでいるとのこと。ご家族は朝から男性がアトリエで絵を描く姿に目を丸くしたそうです。枕が合わず、熟睡できなかったために起きた症状でした」
枕はアイテム、グッズ、生活用品にあらず
 連日、来院が絶えない枕外来を続ける山田医師が危惧するのが日本人と枕の関係だ。
「最適な枕を選べていません。枕は睡眠中に使用するアイテム、グッズ、生活用品ではありません。見た目の好みやフィット感ではなく、体に合うものを選ぶべきです。しかし、選ぶ際の基準や定義が誰にも分からず、多くの方は混乱していることでしょう。枕は医師や研究者が真剣に開発に取り組むべき治療道具として認識されてきませんでした。科学的・医学的な研究の遅れも、枕選びの基準が浸透しなかった原因でしょう。今やっと、枕選びの重要性が認識されてきたと感じています」
 枕は睡眠姿勢を整えるインフラ。ひいては、深い睡眠と健やかさは直結することから、健康のインフラとも山田医師は明言する。
「首や肩、腰の痛む際の薬や湿布、注射は対処療法。根本的な解決には日常生活の見直し、すなわち、枕による睡眠姿勢の改善が、最初に取り組むべきことです。肩こり、頭痛、手のしびれ、腰痛、不眠、無呼吸、いびき、これら7つのうち、1つでもある方は今一度、ご自身の枕を点検してみてください」

 

※『名医のいる病院2024 整形外科編』(2023年10月発行)から転載
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