スポーツによる痛み

スポーツによる痛み

運動の質を評価して原因を特定
スポーツで生じた痛みを「スポーツ損傷」と呼びます。損傷は外部からの力による「スポーツ外傷」と、解剖学的に問題がなくても、痛みや不快感が生じる「スポーツ障害」に大別されます。スポーツ障害の多くは身体の特定の部位を酷使することで生じ、「使いすぎ症候群」(オーバーユース症候群)ともいいます。治療に加えて運動の質を評価し、不調の根本的な原因を特定して身体の使い方を改善することが重要です。スポーツ整形は損傷した部位だけでなく、再発を防ぐ観点から、全身を診る必要があります。


肩・肘のスポーツ損傷

身体のバランスが崩れると、野球肘やテニス肘になる
 野球において、肩や肘のスポーツ損傷は総称して「野球肩・肘」と呼ばれます。投球は足から股関節、胸椎、肩、肘までの全身を連動させます。投球の過程でどこかでエラーが発生すると、肩や肘の関節構造が損傷し、痛みが生じます。再発を防ぐためには、治療だけでなくバランスを崩した原因を探る必要があります。身体の使い方の改善も予防に役立ちます。理学療法士やトレーナーと協力して、スポーツができる状態を目指します。
 テニス肘(上腕骨外側上顆炎)も、全身のバランスの崩れがもたらした、肘の痛みです。ボールを打つ際、体をひねるための肩や胸、股関節の回旋がうまくできず、手でスイングして、肘に負担をかけてしまった結果です。

再発を繰り返す反復性肩関節脱臼
 反復性肩関節脱臼はラグビーや柔道などのコンタクトスポーツ(選手同士の接触がある競技)でよく見られる外傷です。肩の関節は一度脱臼すると、軽い衝撃でも再び脱臼しやすくなります。特に若年者は注意が必要です。代で肩の脱臼を経験すると、そのうちの約80%が再脱臼すると言われているからです。3回または4回繰り返す脱臼を反復性肩関節脱臼と呼びます。
 整復による保存療法が選ばれますが、根治には手術が必要です。 骨の欠損が大きい、もしくは再脱臼を避けたい場合、骨を移行する「烏口突起移行術」が選ばれます。ただし、これは肩の動きを制限するため、投球やラケットを使った動作をしたい場合、関節鏡下手術を優先します。
 肩鎖骨の損傷もコンタクトスポーツでよく見られる外傷です。タックルによる転倒や衝突で肩から落ちることで起きます。受傷直後ならば手術を勧めますが、軽度の場合は保存療法を選択します。受傷後に治療するタイミングを逃すと、再建手術が必要な場合もあります。
主な治療法
 ◎保存療法
 ◎手術

腰・股のスポーツ損傷

身体をひねるスポーツで好発する腰椎分離症
 腰椎分離症は成長期に好発する腰の疲労骨折です。テニス、バレーボール、ゴルフなど、体をひねるスポーツでよく見られます。胸椎の伸展と回旋が制限されると、腰への負荷が増加し、腰痛などの症状が現れます。
 腰椎分離症は MRIやCTを使い、兆候を検出することが重要です。亀裂がまだ小さい初期に発見されると、コルセットによる装具治療を数カ月間続け、完治を目指します。腰椎分離症が進行して完全に骨折すると、「偽関節」が形成され、骨は自然に癒合しません。成長期前では、腰椎がずれる分離すべり症を発症するリスクがあります。症状が進行すると手術の難度が高くなります。
 特にサッカーでよく見られるのは、鼠径部痛症候群(グロインペイン症候群)です。これはランニングやキック時に、鼠径部に感じる痛みです。原因は不明でしたが、MRI技術の進化により病変の位置特定が可能になりました。他の部位の動き、鼠径部に負荷がかかることで痛みが生じます。治療は主に運動療法を中心にして動きの質向上を目指します。オフが空けた直後はリスクが高いため、入念なウォーミングアップ運動が重要です。

股間節の酷使などで生じる股関節インピンジメント
 股関節インピンジメントは、球関節(ボールとソケット)に例えられる股関節に痛みが起きます。大腿骨頸部(ボール)と臼蓋(ソケット)がぶつかり合うことで関節唇や軟骨が損傷し、可動域が制限されます。体操選手などが好発します。股関節の酷使や他の関節の動きが低下し、負荷が股関節にかかることで生じます。
 股関節の可動域は各自で異なり、ある人にとって容易な動作でも他の人には難しい場合があります。治療は保存療法のほかに、内視鏡を用いて突出した骨を取り除く手術があります。
主な治療法
 ◎保存療法
 ◎手術

ひざのスポーツ損傷

ひざの外傷に多い靭帯損傷
 ひざは、さまざまな組織によって安定性を保っています。内側と外側、前十字、後十字靭帯と4本の靭帯および、半月板は大腿骨と脛骨の間でクッションの役割を果たします。しかし、ひねりや衝撃にさらされるとひざが損傷します。
 スポーツによく見られる怪我の1つに前十字靭帯(ACL)の損傷があります。サッカーやスキーなどでよく起こります。時には半月板や内側側副靭帯(MCL)の損傷を伴うことがあります。ひざの靭帯の損傷は特に女子サッカー選手が好発します。靭帯再建手術の進歩により、スポーツ復帰を目指す期間は手術から約半年ほどに短縮されました。ひざの靭帯損傷は外傷に分類されますが、足首や股関節の動きが原因となる問題ともいえるでしょう。

ジャンパー膝とオスグッド病
 ジャンパー膝はバレーボールやバスケットボールなどで発症しやすいのが特徴です。ジャンプする際、ひざは遠心性収縮(筋肉を引き伸ばしながら)をして、衝撃を吸収します。ひねりや繰り返される伸張、大腿四頭筋の柔軟性が低下したことで、膝蓋腱(しつがいけん) や大腿四頭筋が炎症し、膝蓋骨(ひざの正面にある皿)の上下に痛みが生じます。
 成長期のサッカー選手に多いオスグッド病は、脛骨結節(膝蓋骨の下部)に痛みが生じる疾患です。最近では、痛みの部位に留まらず、全身のバランスを整える取り組みが増えています。
 ランニングを楽しむ方はランナー膝に注意が必要です。その中でもよく見られるのが腸脛靭帯炎です。腸脛靭帯は骨盤の骨である腸骨から脛骨にかけて付着するひざの外側の靭帯が炎症し、痛みが生じます。ランニングを一旦止め、鎮静剤などで炎症を抑え、運動療法をします。
主な治療法
 ◎保存療法
 ◎手術

下肢のスポーツ損傷

中高年に多いアキレス腱断裂
 テニスやソフトボールなどのスポーツ愛好家の中でも特に、中高年の方々にアキレス腱断裂がよく見られます。これは遠心性収縮によって下腿三頭筋に負荷がかかって生じます。断裂すると、ふくらはぎが棒で打たれたような衝撃があります。トップレベルのアスリートであっても、下腿三頭筋の柔軟性が不足しているために患うことがあります。治療法は、ギプスや装具を用いた保存療法、手術で断裂した腱を縫合する方法があります。
 保存療法の場合、筋力低下が残りやすいため,スポーツ復帰を目指す場合は手術を優先します。腱を適切な長さに縫合する手術は高度な技術が要求されます。それぞれの治療法には利点と欠点があるので、治療法を選択する前に医療機関で相談することが重要です。

すねの内側が痛むシンスプリントと疲労骨折
 シンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)は、ランニングやジョギングのブームによって増加しています。これはスポーツ初心者によく見られ、すねの内側の下部 3分の 1のあたりで痛みが生じます。運動強度や質の急激な変化、扁平足、回内足、足関節の柔軟性の低下、足の疲労が原因で脛骨周囲の骨膜に炎症が生じます。治療には保存療法と手術が含まれます。
 もう一つ似た症状に疲労骨折があります。シンスプリントと同様、すねの内側で痛みが発生します。この場合、すねの上部と下部の両方で起こることがあります。これら2つの似た状態を区別するためには、 MRIなどの診断が不可欠です。
 さらに、下肢のスポーツ損傷で多いのが肉離れです。疾走する間に筋肉が損傷し、断裂してしまいます。代表的な例にはハムストリングス(太ももの裏側)やふくらはぎの肉離れがあります。
主な治療法
 ◎保存療法
 ◎手術
治療法
状態を悪化させない応急処置が重要/スポーツ外傷
 スポーツ整形学は、日常生活動作(ADL)を回復させ、スポーツができる状態を目指します。治療とリハビリテーションは医師や理学療法士が担い、トレーナーやコーチが関わることがあります。また、イベントや競技の時期を考慮した治療もあります。治療法はスポーツの種類によって臨機応変に選ばれます。集団スポーツの場合、怪我しやすい部位は選手のポジションによって異なります。
 捻挫、突き指、打撲、骨折、肉離れなどのスポーツ関連の外傷の場合、即時の応急処置が重要です。それ以上、状態を悪化しないようにするのです。適切な応急処置により、二次的な低酸素状態(患部周辺への酸素供給が不十分な状態)を最小限に抑え、細胞壊死を防いでくれます。
 野球肩などの慢性的な疲労による疾患は、原因となる動作を一定期間中断し、安静にして薬物療法や理学療法(ストレッチや筋力トレーニング)に取り組みます。保存療法で改善が難航し、パフォーマンスに支障を来す場合は、手術を検討します。肩や肘、ひざの関節に対し、関節鏡を用いた低侵襲治療が増えています。
 スポーツ損傷は全身のバランスの崩れた結果、酷使した部位にダメージが加わった結果です。根本的な原因を特定し、全身のバランスを整えることも治療の重要な側面です。

※『名医のいる病院2024 整形外科編』(2023年10月発行)から転載
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