投稿日: 2024年1月3日 12:00 | 更新:2024年1月25日13:15
当時勤めていた関東労災病院の近くに読売サッカークラブ(現・東京ヴェルディ)の練習場がありました。その監督が中高の同級生で「うちの選手もみてくれないか」と誘われ、Jリーグが開幕し、いつの間にかサッカー日本代表のチームドクターまで務めました。
スポーツによる脊髄損傷(脊損)で多いのがラグビー、アメリカンフットボール、柔道などのコンタクトスポーツ、そしてスキー、スノーボードです。体操も落下して脊損になるケースがあります。脊損によって車椅子となれば、生活は一変します。
そこで、この10年間取り組んできたのが脊髄再生医療です。骨髄間葉系幹細胞(こつずいかんようけいかんさいぼう)という、患者自身の骨盤から取った幹細胞を培養し、それを点滴で戻すオーダーメード型の治療法です。この治療により、一定の確率で運動機能の回復が得られ、歩行可能となった患者さんも少なくありません。基礎研究から治験を経て、2018年に厚生労働省から条件・期限付きで承認を受け、世界初の脊髄再生医療は今では約100症例に達しました。
福林 私は山下先生に助けられた印象です。早稲田大学時代、解剖実習で必要な、ご遺体を用意できず困っていました。そこで手を差し伸べてくださったのが山下先生です。解剖実習をアシストしてくださり、夏に札幌で合宿するようになりました。普段の授業で眠そうな学生も、解剖実習は意欲的に参加していました。
山下 2009年に大学間連携を結んでから、早稲田大学・札幌医科大学スポーツ医科学研究会を毎年開催しています。早稲田はスポーツのメッカですので、トップアスリートと接する機会が多い。一方、札幌医大には医学部があるので、解剖実習など医学的な面で協力するという補完し合う良好な関係が構築できました。
山下 整形外科教授として若い医師を育てる機会が多かったのですが、基本方針は「いいね」と肯定してあげること。「こういう研究をしたい」と来たら「どうかな」と思っても、必ず「いいね」で当人のやる気を引き出すことをモットーにしていました。すると、なかなか良い成績を出します(笑)。石井先生の言葉「教育に見返りを求めてはいけない。良い教育者とは忘れられて喜ぶ人である」を守った結果です。
福林 共通点は好きなところは自由にやらせる。興味がないものを無理強いすると、人はおかしくなります。ただ、いくら自由でも論文は重要ですよね。
山下 はい。論文は医師としてのキャリアを大きく左右するので、日本語、英語両方チェックします。エビデンスは大切ですが、何より重要なのは新規性。論文にその研究者ならではの「オンリーワン」があるかどうかを見ます。
山下 福林先生のおっしゃる通り、本来、スポーツ医学は「総合医学」です。背景にあるさまざまな要因が絡まり合い、成績やケガなどの結果として現れるのがスポーツの世界です。内科や婦人科、歯科、さらに脳神経外科、耳鼻科、眼科それからアンチドーピング(禁止薬物)、栄養、スポーツ心理と、スポーツ医学には本当に幅広い医療が求められます。多角的に集学的治療を実践する総合医学という考え方が非常に大事です。
福林 スポーツ整形という範疇での統合ですが、すばらしい一歩です。今後の展開に期待します。海外では複数の診療科による総合スポーツ医学の研究も進んでいて、例えばスタンフォード大学にはスポーツ医学講座があります。
福林 それはすごい。スポーツ整形は学べても、総合スポーツ医学を学べる大学は、日本にありませんよね?
山下 はい。国公立系の医学部では日本初となると思います。既に附属病院内に複数診療科による集学的治療を行うスポーツ医学センターはあります。ただし、ここは治療施設。今から始めようとしているのは「教育」です。内科や外科のように診療学科目のひとつとして学べるスポーツ医学講座の準備をしています。
福林 総合スポーツ医学講座の潜在ニーズはあるはずですから、今回の挑戦で新設する医学部が増えるのを期待します。
スローガンは「スポーツの札幌医大」。昨年、スピードスケートの髙木菜那選手を招いて講演していただきましたが、彼女自身の明るさもあり、聴衆も元気になりました。またスポーツ関連以外の診療科にも優秀な人材が揃っており、研究や診療に力を入れています。札幌医科大から一人でも多く世界で活躍する人材を輩出できるよう、邁進いたします。
そこで、厚生労働省が考えているのは、健康寿命延伸のための高齢者向けのスポーツ教育です。競技スポーツではなく、健康増進のため市民スポーツの普及によって、スポーツ・運動に対する正しい理解を日本に広めようとしています。参考にすべきは北欧。日本と同じく、高齢化が進む国民皆保険の国で、中高年向けのスポーツの大会なども数多く開催し、健康寿命増進に力を入れています。
山下 スポーツ医学は予防医学でもあり、健康寿命延伸に有用です。激しいスポーツというより、簡単な運動で構いません。さまざまな研究で運動の効果は実証されています。体を動かすとドパミンという脳内物質が活性化し、やる気が出てくるのがひとつ。筋肉を動かすと発生するミオカインは、抗炎症作用とか抗加齢作用もあります。
山下 私は福林先生の一回り下の世代。中学から柔道をやっていて、大学の試合で肩から落ち、右肩鎖関節脱臼というケガを負いました。そこで整形外科にお世話になったのがキッカケのひとつです。先輩からの勧誘もありましたが、入局の決め手は当時の札幌医科大学整形外科講座教授の石井清一先生の存在でした。石井先生は福林先生とも親しいスポーツ医学の第一人者で、1998年第9回日本臨床スポーツ医学会の会長です。そのとき、私は事務局長を任されて、スポーツ医学の面白さに魅了されました。