【巻頭対談 新田 國夫 医師 × 守上 佳樹 医師】終末期がん患者の在宅医療を考える~地域・行政を巻き込んだ在宅医療の重要性

2025年問題が迫る中、高齢化が加速し、在宅医療が重要な時代となっています。新田國夫医師は日本在宅ケアアライアンス理事長や全国在宅療養支援医協会会長など、在宅医療に関わる要職を多く務める重鎮。守上佳樹医師は一般社団法人KISA2隊を設立し、コロナ禍にあっても在宅医療の普及に貢献しました。お二人に在宅医療の現状や課題、将来像について、2018年度の国立がん研究センターの「遺族調査」のデータを基に詳しく語っていただきました。
在宅での治療やケアがますます重要になる
―「遺族調査」で大半の方が在宅療養を希望していることがわかりました。ただ、実際は病院で亡くなったがん患者が31万3000人に対して、在宅は4万3000人。この結果について、ご意見をお聞かせいただけますか。
新田國夫医師(以下、新田) 多くの人が終末期を在宅で迎えたいと考えています。アンケートに回答した人のうち60%以上が、そうした希望を持っていました。自宅で最期を迎えた、がん患者の遺族の満足度は76%に達しています。私たちは在宅療養での満足度をさらに上げる努力が必要です。
守上佳樹医師(以下、守上) 高齢者の数は将来も増え続けます。がん患者も増えますが、病院の数は減少する傾向にあると予測されています。病院での対応が難しい場合、自宅か施設か、いずれかしかありません。在宅での治療やケアがますます重要になります。これまでは在宅医療の序章の段階で、2025年ごろから在宅医療が本格化すると見ています。

新田 國夫(にった・くにお)

― がん患者さんの死亡数約37万人のうち60%の方が、がん拠点病院ではない医療機関で亡くなっています。自宅で亡くなる方は約10%です。60%の方を、いかに在宅医療へ移行させるか、どのような取り組みが考えられますか。
新田 在宅医療へ移行することを妨げている要因のひとつは家族が近くにいないこと。がんで亡くなる若い人の中で独身者の割合が増加しています。配偶者がいないと遠隔地に住んでいる親・兄弟に頼らざるを得ず、かなり大変な状況です。しかしながら、重要な事は家に帰りたい本人の意思をいかに実現するかです。本人の覚悟をどの様に支援するかです。高齢者の一人暮らしの場合、「母さんの家」といったケア施設、「看護小規模多機能型居宅介護」などが高齢者ホスピスの代替として広がりつつあります。
 自宅で看取る場合でも「看護小規模多機能型居宅介護」などを利用して可能な限り自宅で過ごし、最期の時間だけを特定の施設で過ごす方法が考えられます。巡回型の支援など、さまざまな方法が導入されれば、一人暮らしの方も最期まで在宅で適切なサポートを受けられるはずです。
守上 基本的には最期を家で過ごすことを望む人がほとんどですが、家族に迷惑をかけたくないという理由で施設に行く人も多いです。ですから、選択肢を減らしすぎることは、かえって患者・家族のためには良くない。ただ、家で過ごす体制を整えていかないと、最期を自宅で迎えることができなくなる可能性もあります。その点については、しっかり対策を考える必要がありますね。
生活を維持するための支援体制の構築を
―「2025年問題」が近づいており、その中で重要なテーマが高齢者の介護問題。老々介護など直面している課題や解決策について、ご意見をお聞かせください。
新田 社会が超高齢化すると生活が難しくなるため、生活を維持するための支援体制を整えることが大事です。介護においても必要な介護を適切に行わなければいけない。例えば、毎日の夜間の介護は必要ないかもしれませんが、夜間に転倒した際の巡回など必要に応じて介入することも大切です。介護者も、生活や医療について、些細なことでも検討し、支援体制を構築していく。超高齢化社会における課題解決の鍵はここにあるのではないでしょうか。
 医療においても同様で、心疾患やがん、認知症などの疾患に合わせて在宅でのケアを提供しなければなりません。医師だけではなく、チームが連携し、患者と家族をサポートする必要がある。こうしたチーム医療やチームケアが各地域で成立するためには多職種連携だけでなく、地域全体の協力が必要だと痛感しています。
守上 私も、そう思います。異なる職種間での協力、法人を超えた連携、行政・医師会・実行団体などとの連携も重要です。ビジネス的な視点ではなく、信頼を土台にした協力関係を築かなければならない。口幅ったい言い方ですが、在宅療養支援診療所を核として地域全体が連携し、高齢者対策を進める未来をつくりたいと考えています。
― 各都道府県の医療計画の中で在宅医療の計画が目立ちません。地域規模が10~20万人以上といった大きな単位でないと実施できない現状もあると思います。
新田 第8次保健医療計画に関する会議が開かれ、厚生労働省からは都道府県ごとに在宅医療体制の整備を促す内容が出されました。私は東京都在宅療養推進会議の会長を務めており、東京では区市町村を単位とした在宅医療の体制を提案し、採択されました。これは「二次医療圏」より小規模な単位で地域包括ケア体制を基本としたものです。
守上 実際、区や市町村では強い責任感・使命感を持ってリーダーシップを発揮している人たちが多くいます。地域に強いリーダーシップをとる人間がいれば成功する可能性が高い。私たちもチームの主な目標を 「必要としている個人・場所に緻密なサポートを提供すること」とし、地域の各団体・事業所と強力に連携し、サポートに徹することを重視してやってきました。
患者や家族とのコミュニケーションが重要
― 次に「痛み」に焦点をあて、現状の課題を教えていただけますか。アンケートでは「痛みなし」約 47%、「痛みあり」約 40%でした。
新田 病院医療で痛みを和らげることができなかった理由として医師の診察回数・時間が不十分だったり、痛みについての質問を怠ったり、情報を十分に共有しなかったりといったことが考えられます。
 在宅医療では診察に時間をかけます。がんの終末期では1週間に数日訪問することもある。患者の状況を的確に把握し、家族から痛みの状態を丁寧に聞き取ります。家族は患者の状態に敏感で、痛みがあれば必ず医師に訴えます。在宅医療で「痛みあり」と回答された場合、痛みに対して鎮静緩和を行うか、最期まで家族とコミュニケーションを取りながら痛みを和らげることを目指すか、そこにギャップを生じた可能性があります。
守上 痛みがあると、快適に過ごすことは難しい。がんの末期症状の時にはモルヒネも使用しています。服用、貼り薬、座薬、点滴など、さまざまな種類があり、うまく組み合わせながら投与します。微調整が可能で、痛みが増してきたら投与方法・量を検討します。医師といえども他人の痛みを完全に理解することはできません。一人ひとりに真剣に対応する必要があります。近年、医療麻薬の利用のハードルが低くなり、薬の種類も増え、選択肢が多くなりました。

守上 佳樹(もりかみ・よしき)

― ギャップを埋めるために実際になさっていることを教えて下さい。
新田 在宅医療に入る前に詳細な打ち合わせを行います。例外的な事項も含めて説明しますが、意見の相違は生じます。患者さんの希望や望まないこともある。病状改善への期待も当然あります。ともかく濃密なコミュニケーションが大事で、意識のギャップは、その都度調整していきます。
守上 在宅医療では、たくさんのギャップが存在します。医師と患者は立場も異なりますし、自宅での治療は初めての経験の方も多い。ギャップは当然のことで、それをケアすることが、ある意味で在宅医療の醍醐味の一つだと感じています。
新田 医療関係者はギャップを否定的に受け止めないことです。家族の意見をクレームと捉えることもあります。そうすると、ギャップが広がってしまう。ギャップがあるからこそ改善・改良できるわけで、その調整は私たち自身が行わなければならないと考えています。
在宅医療と病院医療は対立するものではない
―「穏やかな気持ちで過ごせた」「望ん だ場所で過ごせた」との答えは大半が在宅医療を受けた患者さんの家族でした。
新田 素晴らしい結果です。在宅医療の86.6%の人が「望んだ場所で過ごせた」と。客観的で信頼できるデータですから、とても喜ばしいことです。ただ、病院の満足度の低さは患者さんや家族が病院医療に求めるものが治療・完治であることと関係しています。生存を望む家族や本人の希望に応えて治療を続ける必要があり、穏やかな状況で最期を迎えることは難しいことです。がん治療を最期の日まで行うケースもありますが、患者さんや家族の希望に沿ったもので、病院だけの問題ではありません。
 厚生労働省はACP/人生会議(アドバンス・ケア・プランニング)を推進しています。自分の望む医療やケアについて事前に考え、家族や医療・ケアチームと話し合い、思いを共有する取り組みです。最後まで治療を受けたい人もいますし、穏やかに最期を迎えたい人もいます。その選択を尊重したい。ACPは、いつ始めても遅すぎるということはありません。一度決定した後、変更しても問題ありません。
守上 在宅医療と病院医療は対立するものではありません。在宅医療段階でも定期的に病院で治療を受けることができます。初診時にはACPについての考え方を再確認し、患者さんの意向を十分に理解するために1時間ほどかけてコミュニケーションをとります。ACPの大原則は、いつでも撤回できることです。積極的に意思表明することが非常に重要です。
― 在宅医療ではないのですが、がん治療の場合、病院・主治医選びのポイントは何でしょうか。参考のために伺いたいと思います。
新田 がんは地域医療機関で発見されることが多い。その後、その医療機関から病院を紹介されます。全国的に見ると、地域によって病院選択や医療提供の方法が異なります。特定の医療を提供する病院もあり、一般的な医療を採用している病院もあります。地域医療機関の役割が大事です。患者や家族との連絡や面談を行い、同意を得た上で選択肢を提示することが重要です。
守上 患者さんが病院で主治医を選ぶことは一人では難しい。ここでも面談を通じた十分な説明や努力が重要です。いったん主治医が決まっても、必ずその医師に最期まで診てもらわなければならないという決まりはありません。主治医の選択権は患者側にありますから、主治医を選び直すことも重要なことだと考えます。そうした問題を抱えている場合、入院中の患者さんが来院できなくても、家族の方に来ていただければ何らかのアドバイスはできると思います。
在宅療養支援診療所を選ぶ際のポイント
― 在宅療養支援診療所を選ぶ際のポイントは何でしょうか。
新田 守上先生の薬の調節を丁寧に行いながら見守る話がいいですね。患者さんに寄り添っているからこそできることです。表情や痛みを観察しないと理解できないことも多いですから。その姿勢を持続できるのが本当に大切な診療所の特徴です。がん治療では出血や呼吸の苦しみなど、様々な状況があります。それらにも丁寧に対応できることが重要です。今の在宅医療では、そうした条件をクリアする医師が増えてきていると感じます。
守上 在宅医療は信頼に基づいて成り立っています。医師の第一の役割は痛みを取り除くことです。特に緩和ケアは説明が難しい側面がありますが、それでも患者さんに寄り添いながら進めることが重要です。また、在宅医療は距離も大きな問題です。離れた地域への対応は到着時間の制約から難しい場合があります。地域によっては半径16km以内に1軒しかない場合もあります。そうした地域では選択の範囲が狭くなります。
新田 看護師やスタッフとの密接な連携も重要です。看護師は丁寧に患者さんを見て、情報を共有してくれます。患者情報を集約することが重要です。訪問看護ステーションは患者さんに関する情報を共有する役割を果たしています。
守上 医師の経歴よりも、チームとしての連携が非常に重要です。実際、患者さんが受けるケアは、常に医師がそばにいるわけではありません。日々、看護師が訪問しています。総合的な観点で、チームとしての戦略がしっかりと構築されているかどうかが非常に重要です。訪問看護ステーションやヘルパーステーションなど外部からの高い評判を持つ医師は信頼度が高い傾向にあります。
― 在宅療養支援診療所は、将来的にがんの種類ごとに対応が細分化されますか。
新田 がんの種類や治療方法にかかわらず、在宅に戻った際の状況は異なります。医療関係者は細かい治療に関する知識を持つ必要がありますが、そのために必ずしも全てを詳細に区別する必要はないと思います。
守上 緩和ケアの分野では幅広い知識を学び、多岐にわたる経験を積む方が有益だと感じる傾向があるため、細分化が必然とは考えていません。ただし、細分化したクリニックが出現しても問題はありません。例えば、血液内科の専門医が緩和ケアに長けたクリニックを提供するなら、患者さんがそのようなクリニックを頼るのは良いことだと思います。
緊急時に対応できる体制を整える必要あり
― 在宅療養支援診療所の形態について教えて下さい。
新田 在宅療養支援診療所にはソロプラクティスとグループプラクティスがあります。ソロプラクティスは在宅医療の医師が一人で運営。グループプラクティスでは複数の医師が連携するもので、3人以上で運営する場合は機能強化型在宅療養支援診療所となります。メガ在宅医療を提供する広域の医療法人やグループも存在します。
 ただし、在宅医療は医師一人で出来るものではありません。診療所機能が重要でソロプラクティスには限界があり、他医師との連携を築かなければ難しい状況です。夜間対応にしても一人の医師が全ての緊急電話に対応するのは不可能です。在宅患者には予測可能な発熱などの症状と予測不可能な急性腹症などがあり、緊急時に対応できる体制を整える必要があります。その意味で医師だけでなく診療所に所属する看護師が重要な役割を果します。グループプラクティスでは、医師を含めた看護師もタスクを分担しているため、負担は軽減されます。
守上 ソロプラクティスの医師は年中無休の時間体制で働いています。無理をしているので、いずれツケを払わざるを得ません。早急にサポート体制をつくる必要がある。せめて年末年始やゴールデンウィーク、お盆などの時期は家族行事やお墓参りなどの時間を確保してほしいと思います。
― 最後に読者へのメッセージをお願いします。
新田 在宅医療は、がん患者や、その家族との信頼関係からスタートします。信頼がなければ良好な関係は築けません。在宅医療チームは、患者さんや家族の苦労を最後まで支えるために、信頼を築いていく必要がある。全ての人が満足できる医療を目指し、多職種、地域、行政などの力を借りながら、理想的な診療体制を築いていきたいと考えます。
守上 患者の方々、特にがん患者の方々は、いろいろな思い・悲しみを抱えながら日々を送っています。選択肢は次第に限られていきますが、できる限り自分で選択することが重要です。医師に話せないことも看護師や他職種なら話せることもある。まずは自分の声を届けることを大事にしてください。
在宅医療への決意を込めたKISA2ポーズ
※『名医のいる病院2024 がん治療編』(2023年12月26日発売)から転載
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