【書籍転載】本人の意思を尊重する意思決定支援~事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング(第1回)

5 ケアの継続が困難なBPSD を有するが,家族が施設で最期を迎えさせたい認知症患者に対する最期の場所と鎮静の程度の選択

西川満則、長江弘子、横江由理子(編)『本人の意思を尊重する意思決定支援』(南山堂)より転載
年齢:91
:施設
時間:アドバンス
本人の現在意思:不明
代理意思決定者:不明確
対立(人):本人/ 医療者,医療者間
対立(事項):鎮静,療養場所
倫理的課題:善行,無危害,公平
概要
患者 Tさん 91歳 女性
病名 認知症
経過 特別養護老人ホームに入居中.背景疾患は認知症.誤嚥性肺炎のためA 病院に入院,病状改善後に特養に戻ったが暴言など活動性精神症状による本人・家族の精神的苦痛が生じ,施設スタッフも疲弊.施設で穏やかな最期を迎えさせたい家族の意思を承知していたこともあり,鎮静すべきか否かの選択に苦慮したが,熟慮の末,リスペリドン(リスパダール Ⓡ)による過鎮静を行い,近隣の認知症診療に長けたB 病院に紹介入院.
家族構成 長女夫婦が,隣の市に住んでいる.
本人・家族の意思と医学的判断
本人の意思
過去 元気な頃に,著しい苦痛を生じた場合に,鎮静を希望するか否かという意思表示はなかった.A病院に入院した折も,早く特養に戻りたいと,しきりに言っていた.
現在 現在は,進行した認知症や活動性の精神症状のため,本人の意思はわからない.
未来 きっと元気であったら,病院入院は望まないだろう.
医学的判断
医学的には,認知症の行動・心理症状(BPSD)だと思われるが,特養では詳細な診断と治療は難しい.診断についても今が終末期かどうかわからない.治療についてもどうしても過鎮静になってしまう.ある程度コミュニケーションが保たれ,精神的にも穏やかでいられる薬物治療は難しい.
家族の意向
認知症の診断がついて6 年,徐々に進行してきた.時々,家族の顔もわからないことがある.病院嫌いでもあり,施設で最期を迎えさせてあげたい.でも,今のつらそうな様子も見ていられない.
支援のポイント
家族は最期は特養で過ごさせたいと思っている.しかし,医学的には終末期かどうかわからない.また,BPSD の診断や治療が適切にできているかどうか確信がない.BPSDの症状緩和,病院を受診すべきかどうかの選択について,意思決定支援が必要であった.
チームカンファランスでの意見
①本人の推定意思は「施設で最期まで過ごしたい」だろうから,B病院に入院せずに施設に残ることが,本人にとっての最善だと思う.
②本人にとって十分な認知症の緩和ケアが実践できていない.だから,BPSDのためつらい精神症状を有している患者の精神的苦痛を緩和できる可能性があるB病院に入院すべきだ.盲目的に患者の推定意思に従うのではなく,医療ケアチームとして,B病院入院を勧め,精神的苦痛の緩和に努めるべきである.もし,BPSD が落ち着けば,認知症であっても,BPSD の活動性の高い現在よりは,はっきりとした患者の意思が聞けるかもしれない.
③本人の推定意思,本人にとっての最善,BPSD の緩和ケアも大切だが,施設の疲弊が著しい.施設スタッフのケアも考えるべきだ.また,施設で生活しているのはT さんばかりではない.T さんのBPSD により,他の入居者の精神症状も不安定になっている.だから,他の入居者のためにも,T さんをB 病院に入院させるべきだ.
具体的実践
施設で最期まで過ごさせたい家族の気持ちを傾聴した.また,本人の気持ちもおそらく「施設に残りたい」であろうことを共有した.一方で,BPSD と思われる現在の精神的苦痛を考えた時,何が本人にとっての最善かを話し合った.また,現実的に施設のマンパワーや施設スタッフの疲弊も限界に達していることを率直に家族に説明し,このような状況下で過ごすことは,本人にとっても益にならないだろうことを話し,苦渋の決断として一時的な治療として,リスペリドンによる過鎮静を行い,翌朝,認知症診療に長けたB 病院に入院し精神科医の診察を受けた.B 病院入院後に,A 病院で活力低下のため処方されていたアマンタジン(シンメトレル Ⓡ)を中止し,抗認知症薬として,易怒性を誘発しにくいリバスチグミン(リバスタッチ Ⓡパッチ)を用いたところ,徐々に穏やかな日々を取り戻された.このことがきっかけで,本人の意思,本人にとっての最善は,施設で最期を迎えることだろうと,家族を含めた医療ケアチームの話し合いが行われたため,笑顔で特養に退院された.
考察
「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省により2007年に策定,2015年に改訂)」によれば,患者に十分な判断力がない時は,患者の推定意思を尊重するとある.しかし,盲目的に患者の推定意思を尊重するだけでよいだろうか.本事例の場合の患者の推定意思は「施設で最期まで過ごしたい」である.患者を支える医療ケアチームがさらに良い方法があると思う時は,患者にとっての最善について意見を述べるべきである.また,BPSD は,認知症の緩和ケアの重要なポイントであることを忘れてはならない.BPSD は患者の精神的苦痛にもなりうるし,それが少しでも改善されれば,認知症の患者自身の意思も反映されやすくなる.その施設において,認知症の緩和ケアが十分にできないのであれば,他の医療機関のサポートを検討する等が考慮される.そして,この事例はもう一つの大切な視点を教えてくれている.患者の推定意思,自律を尊重することは重要だが,施設スタッフの疲弊,それに関連して他の入居者への影響も加味する必要がある.
私たちは,この事例から以下のことを学ぶことができる.患者の推定意思を盲目的に支援するのではなく,医療ケアチームとして考える最善を提案するべきである.また,自律の尊重以外のさまざまな倫理的な視点,本事例では他の入居者への配慮についても気を配る必要がある.
〔西川満則〕
 この事例では,本人の意思尊重をどう考えるのか,一方で医療チームの考えをどこまで主張できるのか,を考えさせられる事例である.施設を自宅としている高齢者にとっては集団生活であっても「わが家」がそこにある.その生活の場に戻りたいと願うことは自然である.ここにコミュニティを考えた時,考察では,個人の利と周囲の人の益を考える必要がある.しかし,周囲の人の迷惑かどうかについても議論する必要があり,その人の望む最期をその施設のコミュニティがどう考えるか,が重要ではないか.疲弊や迷惑,負担感をなぜ感じているのか,共に生きたその人の最後の望みをどう受け取るのか,コミュニティの構成メンバー自身が考えることでもある.こうした受け入れ側にも意思決定支援が必要なのではないだろうか.医療チーム,家族と同じように施設の関係者も,その人のコミュニティとして当事者である.【長江】
 終末期の意思決定をする時には,今起こっている状態が可逆的か不可逆的かよくよく検討する必要があります.どちらにしても,本人の苦痛を緩和することは最優先にすべきですが,取り巻く周りの人たちの苦痛も緩和する視点での関わりもとても大切ですね.【横江】
意思決定支援用紙

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