【書籍転載】本人の意思を尊重する意思決定支援~事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング(第4回)

15 救命可能なCOPD 急性増悪時に患者が拒否する人工呼吸器治療を実施するしないの選択(西川満則)

西川満則、長江弘子、横江由理子(編)『本人の意思を尊重する意思決定支援』(南山堂)より転載
年齢:82
:病棟
時間:日単位
本人の現在意思:あり
代理意思決定者:明確
対立(人):本人/家族,本人/医療者,医療者間
対立(事項):人工呼吸器(NPPV)
倫理的課題:自律,善行,無危害
概要
患者 Tさん 82歳 男性
病名 慢性閉塞性肺疾患(COPD)(中等症)
経過 5年前にTさんは,労作時息切れを主訴にA病院を受診し,慢性閉塞性肺疾患と診断されていた.この1年間で2回,急性気管支炎をきっかけに慢性閉塞性肺疾患の急性増悪をきたしていた.X年,再び急性気管支炎を誘因とする慢性閉塞性肺疾患の急性増悪をきたし入院となった.聴診上も喘鳴を伴い,血液ガス分析の結果でも,酸素分圧と二酸化炭素分圧が逆転し,軽度の意識の混濁も見られるほどの CO2ナルコーシスをきたしつつあった.主治医は,急性気道感染症の治療,慢性閉塞性肺疾患急性増悪の治療に加えて,非侵襲的陽圧換気(NPPV)の導入が必要であると判断した.NPPVを実施すれば70%の確率で救命できるが,もしNPPVを使用しなければ死亡する可能性が高いと主治医は考えていた.しかし,ここで問題が生じた.患者は,2年前に事前指示書で人工呼吸器はしないと書き残していたのである.そして,多少の意識混濁がありながらも,今もNPPVを拒否している.NPPVの拒否という過去に表明された事前指示,そして,現在も人工呼吸を拒否している患者の意思を尊重して救命率の高い NPPVの実施をさしひかえてよいのか,医療ケアチームで相談することになった.
家族構成 妻あり,同居の長男夫婦がいる.
本人・家族の意思と医学的判断
本人の意思
過去 人工呼吸器は使用しないこと,胃瘻も行わないこと,難しい医療判断は妻に任せることを事前指示として残していた.
現在 延命処置はしたくない.人工呼吸器は使用しない.今までも人工呼吸器は使用しないと何度も主治医に伝えてきたし,書面にも書いてきた.絶対に延命治療は行いたくない.
未来 本人は,仮に,CO2ナルコーシスによる軽度意識障害がなかったとしても,延命処置は希望しないという判断をするだろう.それを最善と思うだろう.
医学的判断
NPPVを使用すれば,70%の確率で救命できるが,もし,NPPVを使用しなければ CO2ナルコーシスにより最期を迎える可能性が高い.CO2ナルコーシスではあるが,ある程度の判断力はあるように思われた.
家族の意向
妻は,本人のかねてからの希望は延命治療の拒否であることは承知しているが,いざ,急に命に関わる状況になってみるとどうしてよいのかわからない.
支援のポイント
医療者は,NPPVを医学的には有益な治療だと考えているが,患者がそれを強硬に拒否する時の意思決定支援のあり方が支援のポイントである.
チームカンファランスでの意見
ベッドサイドでチームカンファランスを行った.
①医学的に救命の可能性が高いのだから,本人がいくらNPPVを拒否していても,命を救うことは最優先だから,強制してでもNPPVを実施すべきである.
②本人が事前指示書で,全ての延命処置を希望していないのだから,そして,現在も多少の意識混濁がありながらも,NPPVを拒否しているのだから,絶対に NPPVを行ってはならない.
③CO2ナルコーシスの状態にあり,意思決定能力が低下しているため,現在の本人の意思だけで判断してはいけない.
具体的実践
本人の意思が,延命処置としてのNPPVを行わない,であることは医療ケアチームの意見として一致していた.しかし,今回のケースでは,NPPVが単に無益な延命治療というわけでなく,病状を回復させる可能性が高いと医療ケアチームは判断した.本人のNPPVの治療を受けたくないという意思が尊重されるのは大原則だが,医療ケアチームとしては,NPPVを行うことが本人にとっても最善ではないかと考えたため,本人の説得を試みた.最終的には,本人も「あんたたちを信じて(NPPVを)やってみるけれど,途中で嫌になったらやめる」といってNPPVを受け入れられた.その後,幸い病状は改善に転じ,労作時の息切れは継続しているものの,元気になって笑顔で退院された.
考察
「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省により平成19年策定,27年改訂)によれば,「医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ,それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い,患者本人による決定を基本としたうえで,人生の最終段階における医療を進めることが最も重要な原則である」と書かれている.この事例でのアプローチはどうだろうか.患者本人による意思決定を尊重しようとする点に何ら揺るぎはない.過去に表明された事前指示,CO2ナルコーシスのため若干の意識の混濁はあるが現在の本人の意思を汲もうと努力している.しかし,もし Tさんが,最後まで NPPVを拒否し続けたらどのように判断すればよかっただろうか.私たちは,この事例から以下の点を学ぶことができる.患者の意思を鵜呑みにするのではなく,あらゆる局面で,医療ケアチームとして,最善だと思う治療選択を提案すべきである.また,その上で患者の選択した,医療行為を差し控えたいという希望は尊重されねばならない.このことは,事前指示書に延命治療を希望しないと書いたら最後,心ない医療者に出会った時には見捨てられるという批判に対する答えでもある.ケアは人が人を支える,そこを大切にしたい.
〔西川満則〕
 現在の病状判断と過去の事前指示が食い違うのは想定されることである.事前指示は無意味ではないが,「現在の状態に対する意思表示であるとはいえない」ことは認識すべきである.過去の意思表示や考え方は一部分であるという認識をもって,病状の判断と現在の意思確認や推定を十分慎重に行う重要性がある.意思表示も時系列で考える,この枠組みの大切さがここにあると思う.【長江】
 終末期医療について表明された本人の意思を尊重することはもちろん大切ですが,それには適切なインフォームドコンセントがされていることが前提です.医療者の関わり方によって患者の意思が変化するというよい事例だと思いました.【横江】
意思決定支援用紙

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