【書籍転載】本人の意思を尊重する意思決定支援~事例で学ぶアドバンス・ケア・プランニング(第2回)

9 認知症高齢者が経口摂取できなくなった時に備えた胃瘻を選択するかの確認(横江由理子)

西川満則、長江弘子、横江由理子(編)『本人の意思を尊重する意思決定支援』(南山堂)より転載

年齢:88
:病棟
時間:月単位
本人の現在意思:あり
代理意思決定者:明確
対立(人):なし
対立(事項):経管栄養(胃瘻),療養場所
倫理的課題:自律,無危害
概要
患者 Hさん 88歳 女性
病名 脳血管性認知症,誤嚥性肺炎,心不全
経過 誤嚥性肺炎で入退院を繰り返している.退院の2日後に再び誤嚥性肺炎を起こして入院した.絶食と抗菌薬,持続点滴の治療にて肺炎は改善傾向となった.点滴治療による影響か浮腫が増強してきたが,利尿薬が再開され軽減してきている.このまま順調にいけば経口摂取を再開して退院になるが,嚥下機能が低下しており,今後も誤嚥性肺炎を繰り返す可能性が考えられる.経口摂取が困難になった場合,胃瘻や中心静脈栄養(IVH)などの人工栄養法を選択するか,自然な経過として受け入れるかについて,前もって相談しておく必要がある.また,人工栄養法を選択した場合,入居している老人ホームでは対応できないため,療養場所や最期を迎える場所についても,検討しておく必要がある.
家族構成 夫は数年前に他界.子は 2人(長男,長女).長男家族と同居していたが,認知症が進んで介護ができなくなったため老人ホームに入居中.
本人・家族の意思と医学的判断
認知症の進行により,話はできるが会話が成立しなかった.「お腹空きましたか?」と声を掛けても「今日は天気がいいね」と返答したり,「息が苦しくないですか?」と尋ねても,返答がなかった.簡単に胃瘻の説明をしたが,「もうやっています」と笑顔で話し,説明を理解できてない様子だった.病棟看護師によると,「もう死ぬでいいよ」と,口ぐせのように言っているとのことだった.
日常生活に関しては,自分のペースで行動する限り,食事やトイレ動作などもでき日中は車椅子で過ごせている.しかし,検温や点滴といった医療行為に対しては「もうやめて!どうしてこんなことをするの」と拒否が強い.また,「早く家に帰らせて!」と落ち着きがなくなり,病院が自分の住む場所ではないと思っているようであった.
本人の意思
過去 胃瘻などの人工栄養法に関しての意思表示はされていない.「もう死ぬでいい」とよく言っていた.
現在 会話が成立しない状況のため,人工栄養法に関しての意思は確認できない.検温や点滴に拒否があり,「家に帰らせて!」との発言もよく聞かれる.
未来 胃瘻を造設した場合,延命は期待できるが心不全の悪化も懸念される.チューブ類の自己抜去の危険性もあり抑制が必要になる可能性もある.また現在入居中の施設は,看護師が常駐していないため痰の吸引や点滴などの医療行為が必要であれば,療養先の変更を余儀なくされる.人工栄養法をしない場合は,現在の住み慣れた施設で,Hさんをよく理解されているスタッフのいる環境で引き続き生活ができる.
医学的判断
広い意味では,認知症の終末期.不顕性誤嚥もあり,今後も誤嚥性肺炎による入退院を繰り返す可能性が高く,経口摂取の限界が近づいている状況.心不全のため過剰な水分投与は苦痛を増強させ,浮腫などを悪化させるリスクもある.
ADLはそれほど悪くなく,日中は車椅子で過ごせる.食べられなくなったとしても胃瘻を選択すれば,余命は数年単位で長く見積もることも可能となる.食べられなくなった時に胃瘻を選択しなかった場合,心不全のため,点滴での対応では水分量が過剰となる.食べられなくなった時に胃瘻も点滴もしない場合,余命は数週間と予測される.
家族の意向
長女は,胃瘻を作った義母の介護をしてきた経験があり,義母のためと思って選んだ胃瘻だが,意識もない中,栄養を入れられている義母を見て,自分の母には胃瘻栄養をさせたくないと思っている,義母や父親を看取った経験もあり,高齢だから苦痛なく最期を迎えてくれればよいと考えている.
支援のポイント
まだ実際に経口摂取ができない状況に陥っているわけではないが,今後そうなることを予測してACPをスタートさせることが大切である.人工栄養法導入を巡る意思決定をサポートするということでかかわったケースである.本人の様子から推測した意思や病状,家族の意向等から,人工栄養法の選択の合意形成までは比較的スムースだったが,現在入居中の施設が看取りに対応しておらず,それを叶えるための環境が整っていないことが次の支援のポイントとなった.認知症の家族を施設に入れたらそのままという家族もいる中,長男は毎週施設に面会に行っている.母親を大切に思っていることが話している間にも伝わってきた.
チームカンファランスでの意見
①認知症の本人に代わって代理決定する家族の意向を確認しておき経口摂取ができなくなった時に備えて,本人にとっての最善について話し合っておくことが必要.
②あらかじめ考えておくことで,本人にとって最善と思われるエンドオブライフの準備をしておくことができるのではないか?
具体的実践
ご本人への思いが強い家族ほど,「できることは何でもやってください」となりがちであるが,長女が「胃瘻・中心静脈栄養その他の経管栄養を希望しない」と明解に表明したことに長男も同意した.経管栄養法を含む無理な延命治療はせず,苦痛のない自然な看取りを目指す方向で合意形成がなされた.しかし,現在入所している施設には夜間看護師がおらず,呼吸停止時にはすぐに救急車を呼ぶようにという委託医の指示であるため,現在入居中の施設では穏やかな最期を迎えることは困難であることが判明した.
現時点での療養環境としては問題がないため,入院前に入居していた老人ホームに退院することになった.今後,Hさんと家族の意向が叶えられるような療養施設を探していく方向となった.
考察
患者が将来,治療や療養に関する意思決定に参加できなくなった場合を想定して,医療者,家族などと前もって病状や今後の見通しや治療などについて対話を重ねるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の必要性を感じている.医療者が先を見据えて情報提供を行い,本人・家族の意向を確認しながら合意形成をしていくアプローチが大切である.合意形成後は,それを叶える準備を進めていくことが求められている.
しかし,命に関わる選択は容易ではなく,患者・家族の意向は変わることもあるため,一度合意形成がなされていたとしても,その都度,改めて確認していく必要がある.また,合意形成がされていたとしても,それを叶えるための療養環境や資源が整っていないこともある.どのような時でも,どのような環境でも,患者家族の意向が引き継がれ,患者の意思が尊重された最期が迎えられるような体制づくりが望まれる.
〔横江由理子〕
 最期までどう生きるかに関する合意形成は移行先の施設でも引き継がれ,病状や状況の変化に加え,家族の考えや気持ちの変化にもその都度,確認しながら進めていくことが理想だが,医療者も家族も話し合う時間を確保しつつ,理解しあう合意形成には労を要する.施設には,今まで通りのやり方や方針を踏襲するのは簡単であるが,それでいいのかという問い直しができれば,と期待する.医師の考え,人手不足や対応の責任が取れないという理由があると思うが,病院へ送ることだけが責任の取り方ではないはずである.本当に患者のためになっているのかを共に考える,そんな姿勢や態度をもった施設が増えてほしい.【長江】
 認知症高齢者であっても,できる限り本人の意思を推し量ろうとしています.そして,医学的なメリットデメリットについても検討されています.そこがすばらしいと思いました.また,著者も指摘されていましたが,今後,選ぶだろう施設の,生命維持治療に関するスタンスも含めて,ACPができるとよいですね.【西川】
意思決定支援用紙

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