増え続ける脊椎脊髄疾患と戦いながら 特発性側弯症の原因究明に注力 松本 守雄

脊椎脊髄疾患治療の名医 松本 守雄

脊椎脊髄疾患治療の第一人者として知られる、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の松本守雄教授。これまで脊椎脊髄障害の治療において、数多くの実績を上げてこられた。現在は教授職の他に病院長の重責を担い、多忙を極める毎日だ。そんな松本教授に整形外科の現在と今後の取り組みについてお話を伺った。
患者の人生や生活を改善できる整形外科の道へ
―― そもそも先生が医学者を目指された、きっかけはどんなことだったのでしょうか。
 いろいろと理由はあるのですが、幼少のころに初めて両親から贈られた本が野口英世の伝記だったんですよ。それを読んで、人の命を助けるという素晴らしい仕事が世の中にはあるのだと刷り込まれました。最初に医師という職業を意識したのは、この時だったと思います。
―― 数々の診療科がある中で、なぜ整形外科医の道を選ばれたのでしょうか。
 がん治療や心臓血管外科など、人命に直接関わる治療科ももちろん重要ですが、私は患者さんの生活の質、いわゆるQOLの改善に着目しました。自分の技術で患者さんの生活や人生を改善する整形外科に大きな魅力を感じました。今話題になっている健康寿命の延伸にもつながってきます。高齢になっても自分の体が動かせて、さまざまなことができる。こうしたことに最も貢献できるのが整形外科ではないかと思っています。
―― 整形外科の中で、脊椎・脊髄を専門に取り組まれるようになったのは、どのような経緯でしょうか。
 最初に出張した病院で私が下についた先生が、脊椎・脊髄の専門家だったんです。この先生が手術をされると、前日まで痛くて歩けなかった患者さんが手術後には見違えるように回復するのを目の当たりにしました。これは非常にやりがいがあるなと思い、脊椎・脊髄に取り組むようになったのです。ただ、脊椎・脊髄の手術は、非常に損傷されやすい神経が相手ですから、1㍉のミスも許されない。かなりの緊張と集中力を要します。それだけに手術が成功した時の喜びは、格別なものがあります。
高齢化の進展などによって急増する脊椎・脊髄疾患
―― 現在先生が多く治療されている疾患はどういったものでしょうか。
 背骨に関することは何でもやりますが、特に多いのは腰部脊柱管狭窄症と側弯症ですね。脊柱管狭窄症は、現在全国で約400万人の患者さんがいるといわれており、70歳以上の約10%が罹患していると推測されています。当院でも10年前と比較して手術件数が2~3倍に増えていますね。
 脊柱管狭窄症治療の第一選択としては、薬物投与などの保存療法ですが、痛みや歩行障害などで日常生活が著しく損なわれる場合は手術を検討します。
 当院では、腰椎棘突起縦割式椎弓切除術(ようついきょくとっきじゅうかつしきついきゅうせつじょじゅつ)という術式が多く用いられます。この術式は、筋肉温存型の椎弓形成手術で、骨に筋肉をつけたまま、少し開いて、椎弓という骨をきれいに削り、神経への圧迫を除きます。
 ルーペを着用し、患部を凝視しながら手術を進めるのですが、特殊な器具は特に必要ありません。ですから他院においても、この技術を身につければ施行することができます。また手術に要する時間も他の術式に比べて短くて済みます。内視鏡手術では1カ所で1時間から1時間半ほどかかりますが、この術式だと40分程度で終わります。切開創も5cmほど。低侵襲で患者負担の少ない術式といえます。

シンプルな側弯症なら約2時間で手術完了
 側弯症についても、第一選択は装具療法のような保存療法になりますが、背骨の弯曲が大きい場合は手術を選択します。ほとんどの場合、背中を切り開いて、金属製のスクリューを各椎骨に左右1本ずつ打ち、それをロッドと呼ばれる金属製の細い棒でつないで矯正します。側弯症の手術は背中を大きく切り開きますから、侵襲の大きな手術となります。以前は手術時間が平均5~6時間かかり、輸血も約1l必要でした。しかし当院では、従来の手技に改良を重ねてきた結果、シンプルな側弯症であれば約2時間で手術を終わらせることができます。
 また手術に必要な血液も400~600ccなので、事前に患者さんの自己血を採取しておけば、輸血の必要はありません。またチーム医療で手術にあたっていますが、チーム全体のスキルアップも、手術時間の短縮に寄与していると思います。
―― 昨今、高齢者にも側弯症が増加していると聞きました。その原因についてお聞かせください。
 側弯症を含め、高齢者の脊柱変形が増加していることは事実です。要因の第一に挙げられるのは、加齢による椎間板や骨の老化です。第二の要因として骨粗鬆症が原因の椎体骨折です。骨折した箇所が崩れて、背骨全体の変形を引き起こすのです。元々日本人女性には骨粗鬆症が多いのですが、欧米に比べて日本は、その治療法が行き届いていない現実があります。60歳を過ぎたら、骨密度の検査を受けてもらいたいですね。
―― こうした状況を踏まえて、日本整形外科学会では何か取り組みをなされているのでしょうか。
 2020年から日本整形外科学会が中心となって、全国の整形外科領域における手術例を集めてデータベース化しています。それこそ数十万人という患者さんの症例が揃ったビッグデータですから、その解析結果は自分が抱えている患者さんの治療の参考になると思います。
―― 先生の後進の指導におけるポリシーについてお聞かせください。
 月並みですが、若手には「患者さん一人ひとりを大切にしなさい」と話しています。「大切」にという言葉には深い意味があり、親切丁寧に接することはもちろん、手術をしたら毎日病室へ行くなどして、患者さんが退院するまで全責任を持つということです。患者さん個々にすべて症例が違うわけですから、患者さんから学ぶことも非常に多いわけです。

特発性側弯症の原因究明が自身のライフワーク
―― 先生の今後の目標について、お聞かせください。
 私は長年側弯症の研究を続けております。特発性側弯症の原因は、はっきりわかっていなかったのですが、国内外の研究者とも協力して、発症に関係する遺伝子を発見しました。また患者さんの生活環境が関わっていることもわかってきています。今後さらに研究を続け、原因の究明と早期発見法を確立したい。もし私の代でそこまで到達しなくても、次の代にしっかり引き継いでいきたい。そう考えております。

※『名医のいる病院2023』(2023年1月発行)から転載
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