【脳手術の名医】“神の手”の礎となった道なき道と“赤ひげ”の精神 加藤 庸子

【脳手術の名医】“神の手”の礎となった道なき道と“赤ひげ”の精神 加藤 庸子

日本人女性初の脳神経外科教授、学会理事に
 未破裂動脈瘤において5本の指に入る実績を持つ藤田医科大学ばんたね病院。同院の脳神経外科を率いるのが、脳動脈瘤、くも膜下出血に対する開頭手術の第一人者、加藤庸子医師だ。クリッピング術にかけては世界的な名医とも称される。
 とにかく忙しい。ほぼ毎日外来で患者を診て、火・水・木曜日は手術で、その数は年に350例に上る。眠る時以外はほとんど患者のことを考えている。
 加藤医師が愛知医科大学に第一期生として入学したのは1972年、同級生100人のうち女性は8人という時代。女子学生で脳神経外科を志すこと自体が珍しかった。いまは母校の愛知医科大学で医師国家試験の合格者の半数以上が女性だ。外科系を志す女性医師も増えてきた。医師全体の約15%が女性、脳神経外科医の約6%が女性だ。「女性医師はみな体力もあるし、好きで脳外科を選んでいる。しかし昼夜を問わず働く気概があっても、仕事を続けられない現実がある」と、女性脳外科医としてキャリアの階段を上っていくことが難しい日本の社会、医学界を嘆く。
 しかし、これまでに2500例以上の手術を手掛けてきた実績をもって、女性脳外科医としてキャリアアップする道筋にはっきり足跡を残してきた事実と、医学への貢献に、世界も注目している。10年前、日本で初めて女性の脳神経外科教授に、2012年にはやはり日本で初めて日本脳神経外科学会の女性理事に選ばれた。「家庭を持たず、ほかにやることもないし、とにかく手術がおもしろかった。なにより健康だから仕事を楽しく続けてこられた」と、本人は淡々としている。

名医の横顔

患者本位の姿勢を貫くことこそ名医の条件
 世界的にも屈指の実績を重ねてきた加藤医師でも、手術の難しさを感じることがあるという。脳動脈瘤のできやすい場所は5、6カ所。術前の検査で詳細な情報を把握したうえで治療に臨む。だが、「瘤の壁は硬かったり、薄かったりする。元の血管も厚かったり、動脈硬化が進んでいたりすると、クリップの選択、掛け方が違ってくる。実際に見てみないとわからない」。瘤を確認し、約150種類あるクリップの中から手際よく選ぶ。
 加藤医師に名医の条件を尋ねると、「名医になるために努力しているのではなく、努力してきた結果が現在の自分であり、人間としていかに患者のことを考えているか、その結果が治療成績に結び付いて評価される」と説く。
 患者を総合的に診る――初診時から何度か接していく中で病態だけでなく、人となりがわかり気心が知れる。患者もそれは同じで、加藤医師の人柄を知り、治療の説明に納得し、そして命を託す。そこに信頼関係が生まれる。その過程に手術がある。一人ひとりの患者と向き合う流儀は、川が流れていくように、自然なありようなのだろう。
 現在の加藤医師をつくり上げたのは、クリッピング術の開拓者として世界的に有名な、佐野公俊医師の存在が大きい。加藤医師いわく、赤ひげのようだったという佐野医師(当時、助教授)は、大学卒業後に研修医として入った名古屋保健衛生大学(現・藤田医科大学)時代の上司。外科医としての技術とこころを直接学んだ。
 幼いころから、心臓外科医である父の背中を見てきたバックボーンがあってのこと。母は教育熱心でピアノやバレエなどいろいろな習い事をしたが、とにかく勉強より外で体を動かすことが好きだった。特に夏は、よく泳ぎにプールや海に行っていたという。65歳を過ぎ、体力維持に毎朝患者と一緒にしているラジオ体操を欠かさない。

患者を幸せにする――先達の教えを後進に伝える
 後進の育成もライフワークの1つになっている。加藤医師が外科医になった時代は、先輩の技術を見て覚える「見取り手術」が基本だった。手術の醍醐味もそんな環境の中で知った。今は、ICT技術を使って多彩な方法で指導できるようになった。時代が変わっても、患者の都合を優先して自分の行動を考えることを説いている。後進の指導については海外にも目を向けている。
 特に気になっているのは、アジアやアフリカには脳外科医のいない地域があること。それらの国から留学生を受け入れて指導にあたり、その数はこの4年間で約60人になった。さらに、医師の養成センターをつくるべく公益財団法人「加藤庸子国際基金」を設立。中国、ウズベキスタン、ミャンマーなどに年20回ほど出向いて指導にあたる。この活動は当時の同科教授だった神野哲夫医師の後を引き継いで続けている。
 今後自分が必要とされるうちは、仕事を続けていきたい。海外でも、講義だけでなく、実際に手術をすることで技術を伝えていく。医師使命として一人でも多くの患者を幸せにしたいという。「日本の若い医師にはもっと海外に行ってほしい。みるべきこと、知るべきことがたくさんあるから」
 息抜きは母とのドライブと愛犬デリーと遊ぶこと。デリーの話をする時、柔和なまなざしはさらに優しくなった。
※『名医のいる病院2019』(2018年10月発行)から転載
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