【肝胆膵がんの名医】肝胆膵外科の進展の中、高度な技術と患者本位の姿勢を培う 上坂 克彦

【肝胆膵がんの名医】肝胆膵外科の進展の中、高度な技術と患者本位の姿勢を培う 上坂 克彦

病変周囲の構造を立体的に把握する能力が求められる
 肝臓や胆道、膵臓に生じる肝胆膵がんは、治療が難しく予後も厳しいことから難治がんの代表とされている。その手術を専門とし、特に難関といわれる肝門部胆管がん手術の実績も重ねているのが上坂克彦医師である。
 肝胆膵外科の難しさ。上坂医師は理由として臓器の構造の複雑さを挙げる。「肝臓や膵臓の内部には細胞が詰まっていて中が透けて見えません。その上、肝臓には動脈や静脈、門脈などの血管や胆管が通い、周囲に臓器が密接しています。出血を避けながら安全にがんだけを取りきるには、それらの構造を正確に理解する必要があるのです」
 現代ではCT・MRIなどの画像診断で腫瘍と脈管の位置関係をはじめ、臓器の中の様子を明確にできる。動脈を抽出し、門脈を組み合わせて3Dで構築することまで可能だ。だからこそ、肝胆膵外科医には読影能力、すなわち病変周囲の構造を立体的に把握する能力が欠かせないと説く。「当院では症例ごとにどのような血管の構造か、病変はどの範囲にあってどう切るか、切った後はどうなるか画に描いてプレゼンできるように指導しています。画に描けば正確に理解しているか瞬時にわかります。それらを綿密に構築できてこそ、手術に臨めるのです」
名古屋大学医学部第一外科時代の一枚
名古屋大学医学部第一外科時代の一枚。前列右端が二村雄次教授(当時)、左端が上坂医師。中央は肝臓の外科解剖で著名なフランスのClaude Couinaud 医師
さまざまな医師を参考に自分のスタイルを築く
 上坂医師の歩みには、先達である外科医達の影響が大きい。学生の頃から人と接する職業を希望し、医学部に進学。外科の研修の際、執刀した患者が元気に回復する姿を見て、そのやりがいに惹かれて外科を選んだ。
 医師となった1980年代前半、画像診断はまだ一般的でなく、超音波検査も霞の向こうを見るように不鮮明。肝胆膵領域の手術を手掛ける医療機関は限られていたという。「肝臓の手術といえば遺書を書いて臨む患者さんも珍しくありませんでした。それほど難しかったのです」
 それから画像診断や超音波検査が進歩を遂げ、学会や出版物などで次々と新たな知見が発表された。それらを見る度「肝臓を切れるようになりたい」という思いが強まり、治療・研究の先頭を行く国立がんセンターのレジデントに志願。各領域を代表する医師が集う中で肝がん手術の腕を磨いた。尊敬する一人は、当時師事した幕内雅敏医師だという。「まさに理路整然とした手術を実践する先生です。いかに出血を抑えて肝臓を切開するか、解剖学的に綺麗にがんを切除するか、理論を具現化されているように思えました」。もう一人が大腸外科の森谷冝皓医師だ。「アートというか、芸術的な手技をなされる先生。お二人のどちらにも少しでも近づきたいと思っていました」
 名古屋大学に戻ってからは肝門部胆管がん手術のパイオニア、二村雄次医師のもとで胆膵領域の手術に明け暮れた。術野を描くトレーニングもこの頃、徹底的に叩き込まれた。「絶対に諦めずがんを取りきる。そうした強い信念をお持ちの先生です。その姿勢にも大いに影響を受けました」。タイプの違う3人をはじめ、さまざまな医師を参考に手術の技術や進め方、患者との接し方などを取り入れたことが現在の下地になっていると振り返る。「それぞれの長所をいわば良い所取りで吸収し、自分のスタイルを作りあげることを後進の医師にも勧めています」

COLUMN

患者に尽くす世界一のがんセンターを
 2002年からは静岡がんセンターの初期メンバーとして、腕を振るってきた。当初は患者が集まるか不安に苛まれる日々だったと上坂医師。そこでまずは安全性の向上に注力。評価を高めた上で肝・膵同時切除や肝動脈の合併切除・再建を要する症例などの難症例にも取り組んだ。「手術から外来、当直まで担当するのは中々大変で、がむしゃらに頑張ってきました。幸い当院には設立時から患者さんの視点に立ったがん医療を志すメンバーが集まっています。目標は『患者さんに尽くす世界一のがんセンター』。その熱意に支えられて今日まで歩んできました」
 診療科の垣根を越えた集学的治療をいち早く導入したのも、そうした患者目線の姿勢によるところが大きい。膵がんの治療においては消化器内科との連携のもと、手術後にS-1という経口抗がん剤を組み合わせる臨床試験を主導し、5年生存率44.1%と、従来から20%も引き上げる結果に世界が驚いた。
 ただ上坂医師は術前化学放射線治療や術前化学療法と手術を組み合わせることで、さらなる向上も期待できると先を見据える。これまで切除不能とされた症例も、手術が可能になるケースが増えているという。
 同院では個別化医療につながるゲノム医療や、腹腔鏡下・ロボット支援下手術といった低侵襲手術など、患者に資する医療を追求しながら、患者・家族を支える支援体制も充実させていく構えだ。その一環として、患者一人ひとりに真摯に接し、丁寧・正確な説明に徹するサポーティブな姿勢も貫くという。「肝胆膵がんの場合、患者さんのさまざまな努力があってやっと手術にたどり着きます。その上で長時間かかる高度な手術を行うのです。だからこそ、どのような可能性があり、何が必要なのか、今後の行程が分かるように説明することが重要です」。そう優しく話す上坂医師の表情には、患者への思いが溢れている。

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※『名医のいる病院2021』(2020年12月発行)から転載
※【ARCHIVE】とは、好評を博した過去の書籍記事を配信するものです
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