【白内障・屈折矯正手術・眼光学の名医】根岸 一乃:慶應義塾大学医学部 眼科学教室 教授

白内障・屈折矯正手術・眼光学の名医

大事なのはモチベーションを高く保てること
信念を持って研究と臨床を続け質の高い「見え方」を追求

私たちのQOL(生活の質)に大きく影響する、「見え方」。慶應義塾大学の眼科学教室主任を務める根岸一乃教授は自分の興味・関心を大切にしながら、見え方の質の向上につながるような研究と臨床の両方に、打ち込んできた。今までの日々と今後の眼科学教室に期待することについて、語っていただいた。
患者のQOL向上に貢献できる医療を提供したい
― 眼科医を志したきっかけを教えてください。
 医学部に進学しようと考えたのは、10代のときに親族が、がんで亡くなったことがきっかけです。素人心に「がんを治すなら手術だろう」と思っていたので、入学前から外科系の診療科に進みたいと考えていました。臨床実習が始まってからは、いろいろな診療科で手術見学をしましたが、その中で眼科の手術が最も美しく、心を惹かれました。
 また、眼科手術をお受けになる多くの患者さんは手術の効果について、身をもって実感することになります。学生のとき、手術翌日に、医師の手を握って「見えます!」とおっしゃって涙を流して喜んでいる姿を目の当たりにし、素晴らしい職業だなと思い、眼科に決めました。
― 白内障の治療と研究について、お聞かせください。
 白内障は患者さんのQOL(生活の質)に直結する疾患です。手術では、濁った水晶体を超音波で砕き、人工の眼内レンズで置き換えます。今では広く普及している超音波を使用する手術が、海外から日本に入ってきたのは1980年代後半のことでした。80年代後半から90年代は、白内障手術の技術革新が最も著しかった時代でした。
 私が慶應義塾大学を卒業して、眼科学教室に入局し、研修医生活をスタートさせたのも、88年。当時、本学でも白内障関連の研究を行い、世界の学会で活躍されている先生が複数いらっしゃったので、それらの先輩から研究にお誘いいただいたのが、この分野にはいったきっかけでした。慶應の先輩方は主として、白内障の術後合併症の研究を中心にされていましたが、私は術後視機能、すなわち術後の見え方の質を向上させるにはどうしたらいいかというところに興味を持ち、それに役立つ臨床手技として当時は黎明期であった屈折矯正手術もいち早く習得しました。
視力以外の見え方の質を考慮しライフスタイルにあう治療を目指す
― 見え方はどのように改善を目指すのでしょうか。
 現在、専門としているのは眼光学という分野です。私たちの眼に入ってきた光は角膜や水晶体、硝子体などを通って、網膜に到達し、視神経を介して、脳に伝わり像として認識されます。眼光学の研究は、光が網膜に到達するまでの、眼のカメラとしての機能を解析したり、医療機器を開発したりといった内容で、工学系の先生との共同研究や臨床に直結する研究が多くなります。
 一般的には、見え方の評価として知られているのは、視力のみだと思いますが、視力は見え方の一部を評価しているにすぎません。しかし、近年、光学技術が眼科の臨床領域に応用されたことにより、より客観的で詳細な見え方の評価ができるようになりました。
 とくに波動光学の概念が眼科臨床領域に応用された90年代終わりごろからは、白内障・屈折矯正手術はさらに進歩し、一段上の手術が可能となりました。
 このころはまだ眼科医の眼光学研究者は非常に少なかったのですが、私は比較的早期からそこに興味を持ち、それ以来、見え方の質の評価、治療の評価、そして見え方の質を上げるための方策、そしてこれらが患者さんのQOLに与える影響などを中心に研究してきました。
― 実際には、どのように診断をされているのですか。
 先ほど視力は見え方の一部の評価でしかない、とお話ししましたが、眼科医でもそれをよく理解している人は少ないと思います。古来の考え方では、視力が1.0以上あれば、正常とみなされますが、視力が良くても見え方の質が悪く、生活の中で苦労されている方は意外といらっ しゃいます。しかし、患者さんは自分の症状がわかってもらえないという状況にいます。
 当科では、最先端の医療機器を用いて、見えにくい原因を光学的に評価できる体制を整えています。もちろん、診断がつくかどうか、診断がついたとしても治療可能かどうかは、その方の状態によって異なりますが、可能な限りの検査法で眼の状態をしっかりと評価できることは患者さんにとって大きなメリットだと思います。全国的に眼光学に基づいた診断をやっているところはまだ多くはなく、全国から患者さんをご紹介いただいています。

研究は楽しい思い出ばかり
― 研究を続けてきて大変だったことはありますか。
 過ぎたことは自然と全部忘れる性格なので、大変なこともあったのかもしれませんが、具体的には思いだせません(笑)。覚えているのは楽しかったことばかりです。例えば、研究する前には、仮説を立て、結果をある程度予測して始めるわけですが、予想通りになればうれしいですし、逆に全く違う結果であれば、一緒に実験していた人とディスカッションしてなぜなのか考えることになります。この時間もまた楽しく、いい思い出です。
 現代は情報量も増える一方ですので、若い世代の方々はタイムパフォーマンスを非常に重視して行動しています。それは、この時代にあっては、非常に重要なことだと思います。しかし一方で、物事にはやってみないとわからないという側面があることも知ってほしいです。当時は「無駄」と感じたことが、年後に貴重な経験として生きることがあるかもしれません。興味を持ったことには、とりあえずチャレンジしてほしいですね。
― 研究生活で大切にしていることは何ですか。
 当教室は伝統的に自由な雰囲気があり、上から「〇〇の研究をしなさい」と強要されるようなことはありません。それは反面、自分のやりたいことは自分自身でしっかりと見つけていかないといけないということです。私の場合は、当時学内では誰も興味を持っていなかった眼光学に強く興味を引かれたので、そのときから海外の学会にもほぼ一人で行っていました。この分野が長く大事な分野として残っていくのかどうかも全くわかりませんでしたが、学会で新しい知識を学ぶのはとてもエキサイティングでした。
 そのうち、後輩の先生で同じ分野に興味をもつ人が出てきて、学会もチーム数名で行けるようになりました。いまでは、その先生方が独立してご自身で研究を発展させ、後進を指導されていることはとてもうれしいことです。
 人は、他人から強要されたことを続けるのはいずれつらくなりますが、自分のやりたいことならいくらでも頑張ることができますから、自分の好奇心と興味を大事にすることはとても重要だと思います。
 後輩の先生方も「これがやりたい」という思いがしっかりあって、ぶれないでやっている人が、最終的にうまくいっていると思います。

眼疾患の治療を通じて全身の健康につなげていく
― 教室の今後に期待することは、どのようなことでしょう。
 慶應の伝統は基礎医学と臨床医学の融合です。当教室は、臨床では全国規模で最後の砦となるような診療ができる施設を目指していますし、基礎研究も世界トップクラスの研究成果が出ています。最終的には基礎研究の成果を臨床に応用して、慶應眼科発の治療で多くの患者さんに貢献できることを願っています。
 また、当教室は関連病院も含めると、150人ぐらいの眼科医が医局員として在籍しており、眼科としては大きな組織だと思いますが、その中で、私自身は、多様性や個性を大事にしようと考えています。
 所属する医師には、それぞれのモチベーションを大事にして、自分の興味のある分野を研究してほしいですね。本学の眼科はそれぞれの分野に指導者がいますし、自分が興味を持った分野の研究をできる体制になっています。
 先ほどの繰り返しになりますが、好きなことにはいくらでも取り組めると思いますが、嫌なことをやらなければいけないとなると、あまりモチベーションって湧かないですよね。ですから、臨床をやりたい人は臨床を一生懸命やっていいし、研究が好きな人は研究へ熱心に打ち込んでいい。また、イノベーションに力を入れる人もいるというように、誰もが打ち込めるテーマを持つことは大事だと思います。
 しかしそれでいて、教室全体としては臨床医学の教室として患者さんに貢献すること、診療の最後の砦となる診療技術を持てるよう日々研鑽を積むこと、後進を大事に育てること、これが根底になければならないと考えています。

― 読者へのメッセージをお願いします。
 情報の90パーセント近くは目から入るといわれており、人生100年時代において、目の健康を保つということは、健康寿命の延伸に直結する非常に大事なことです。
 年齢とともに目の不調が出てくる方が増えるのですが、「ただの老眼だろう」といった自己判断で眼科を受診されない方が多くいて、その中には眼の疾患の方も含まれていると拝察されます。また、緑内障のように失明のおそれがあるのに進行するまで自覚症状の出ない病気もあります。
 特に代以降の方が目の不調を感じたら、一度は眼科を受診して放置してよいのかどうかきちんと診断してもらいましょう。また、自覚症状はなくても、年に回は人間ドックの眼の検診や眼科受診をして目の健康チェックをされることを推奨します。一生、眼の機能を維持し、生活を楽しむためにも、おかしいなと思ったら早めの眼科受診をお勧めします。

※『名医のいる病院2023 眼科治療編』(2023年3月発売)から転載
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