【網膜硝子体・黄斑疾患治療の名医】飯田 知弘:東京女子医科大学 眼科学講座 教授・基幹分野長

網膜硝子体・黄斑疾患治療の名医

「網膜硝子体・黄斑疾患」治療のトップランナー
研究を臨床にフィードバックし、眼科イノベーションを先導

眼科の中で最も治療の難しい領域ともいわれる網膜硝子体・黄斑疾患。かつて失明を防ぐために用いられてきた網膜硝子体手術は、技術革新によって黄斑疾患の視機能回復へと適応を広げている。網膜硝子体・黄斑領域のトップランナーとして研究・臨床の両面をけん引する東京女子医科大学飯田知弘教授にお話を伺った。
美しさに惹かれ眼科医の道
― 眼科に進まれたきっかけは。
 「目は小さな宇宙を形成している」と、その美しさに興味をもち眼科医に進むのを決めました。実際、医師になってからの方が、その奥深さ、神秘性に魅了されています。
― 目の構造を教えてください。
 目はフィルムカメラと似た構造です。カメラは、どれだけ鮮明な画像がフィルムに映るかが重要ですが、目も同じ。レンズが角膜や水晶体で、フィルムが網膜です。網膜が光を電気信号に変換し、視神経を通って脳に情報を伝達します。網膜の真ん中で視機能が集中するのが黄斑です。一番大切な網膜にきれいな光を当てるため、透明なレンズ(水晶体、角膜)や、絞り(虹彩)が存在します。
 例えば白内障は水晶体が濁る疾患ですが、手術でクリアなレンズに置き換えれば、再び網膜に綺麗な光が当たるようになるわけです。
― 硝子体の役割は何ですか。
 目の奥にある網膜と前の方にある水晶体の間に詰まっているゼリー状の部分が硝子体です。昔、理科の授業でレンズと焦点を線で結ぶ凸レンズの実験をやりましたよね。網膜に焦点がくるよう、水晶体や角膜で光が屈折します。それが合わなくなると眼鏡やコンタクトレンズで、ピントを調整します。焦点とレンズの間に存在する硝子体は、高い透明度で光を届ける役割があります。
多種多様な網膜硝子体・黄斑疾患
― 網膜硝子体疾患とは何ですか。
 網膜硝子体疾患は密着する網膜と硝子体で起こる疾患の総称です。硝子体が網膜にどのような影響を及ぼすかという考え方が重要です。出血で眼球の中が濁るなど硝子体そのものの病気もありますが、硝子体が網膜を引っ張って、黄斑を変形させる、あるいは網膜に穴を開けて網膜の剥離を起こすこともあります。
 主な疾患は網膜剥離や糖尿病網膜症。また加齢黄斑変性は近年高齢者の視力低下の原因疾患として注目され、患者も急増している疾患です。他にも網膜血管閉塞症、黄斑上膜、黄斑円孔などがあります。

― どんな治療法がありますか。
 病気の種類によって治療法も変わってくるのですが、特に進化しているのが目に注射する抗VEGF薬。加齢黄斑変性や網膜静脈閉塞症、糖尿病網膜症など主に網膜の疾患に用います。かつて加齢黄斑変性は発症すると視力低下は避けられない疾患でした。現在は、これらの疾患で早期に抗VEGF薬を用いれば進行を防ぐことが可能です。疾患を招く新生血管の増殖や黄斑浮腫を作るタンパク質・VEGFの働きを抑えます。加齢黄斑変性の治療なら、何なりとご相談ください。
 レーザー治療(網膜光凝固療法)で、VEGFの発生原因となる網膜の一部を焼灼し、進行を抑制することもあります。
高度な技術を要する硝子体手術
― 手術について教えてください。
 眼科領域の中でも最も難しい治療といわれているのが硝子体手術です。以前は、その難しさとリスクから失明を防ぐために限定して行われていました。現在は医療技術の進歩によって安全性が高くなったことで、黄斑疾患の治療(視機能回復)にも用いられるようになりました。
 手術機器の発展も目覚ましく、低侵襲で微細な手術ができるようになりました。硝子体手術は非常に細い針で 27G(ゲージ)という直径0.4mmの針を使って、眼を3カ所穿刺して行います。
 3カ所のうち、1カ所は右手でカッターを使い、硝子体を削って取り出します。1カ所は目に灌(かん)流液を送って、術中に突然、眼球が萎むのを防ぎます。もう1カ所は左手でライトを挿入します。
 両足も使います。顕微鏡を片方の足でコントロールして、硝子体手術機器をもう片方の足で操作します。
 両手両足を使うけれど、一番使うのは頭。常に次の作業を予測しながら治療を行っています。

― 適応疾患を教えてください。
 糖尿病網膜症や網膜剥離、黄斑円孔、黄斑上膜とさまざまですが、硝子体出血はひとつのよい適応例です。硝子体自体に血管はありませんが、網膜の血管が詰まると、そこから脆い新生血管が生え、硝子体へ浸食してくる。それを硝子体が引っ張るため、血管は切れて硝子体は混濁し、眼が見えなくなります。出血部位を取り除くだけでなく、出血源の新生血管も一緒に治療します。
― 手術時間はどのくらいですか。
 30分程のときもあれば、3時間近い場合もあり、疾患の種類や重症度に左右されます。重度の網膜剥離や糖尿病網膜症は時間がかかります。
― 網膜剥離はボクサーが殴られて発症するイメージがあります。
 網膜剥離の原因は外傷だけではありません。加齢とともに硝子体が液状化し、硝子体と網膜の癒着が強い部分が網膜ごと引っ張り、剥離を起こします。硝子体手術で治療することもありますし、外側からシリコンスポンジで眼球を押して、網膜を引っ張る力を緩め、穴を塞ぐ強膜バックリング術という方法もあります。
― 糖尿病網膜症で大切なことは。
 目の治療はもちろん大切ですが、血糖コントロールも重要です。他にも高血圧や動脈硬化も目の疾患に繋がりますので内科との連携は欠かせません。全身性自己免疫疾患から起こる、ぶどう膜炎という眼の炎症もあります。
― 手術後のケアについて。
 疾患によって異なりますが、眼にガスを入れることがあります。網膜剥離や、黄斑に丸い穴があく黄斑円孔などでは剥離した網膜を、ガスで元の位置に押しつけます。その後、接着するように一定時間うつ伏せになるなど姿勢を制限します。
― 患者さんとの接し方について。
 まず患者さんの話をよく聞き、何を求めているかを理解します。説明する際のポイントは、重要事項は繰り返す。情報が多すぎると患者さんは覚えきれません。診察する度に「このお薬を使ってください」と繰り返し伝えます。
 また、治療の限界を説明することは重要です。雑誌の質問コーナーに答えたことがあります。「黄斑上膜の手術を受けたけれども、視界のゆがみが取れません」という相談です。手術をすれば、元通りになると思っている方も多いのですが、一度痛んだ黄斑や網膜の病気が完全に元通りになることはなく、手術をしても、ゆがみはある程度残ります。安全性や合併症のリスクを話すのは、もちろん大事だけれども、治療の限界をよく理解してもらった上で、手術を希望するかどうかを確認します。

眼科医療の進化を生む研究開発
― 手術や薬物療法など著しい網膜硝子体領域の進化の理由は。
 イノベーションです。理想を追求し、今より良くしようという創意工夫が、眼科医の技量を向上させ、新しいデバイスを生み出します。抗VEGF薬は基礎研究の賜物です。長年の研究でさまざまな網膜疾患に関係するのがVEGFというタンパク質だと突き止め、そこからVEGFを抑える薬ができました。研究を臨床にフィードバックすることが大事です。

― 専門とする研究分野について教えてください。
 網膜・黄斑疾患の病態解明と治療開発について長年研究を続けています。病態解明には診断が重要です。
 その革新的な機器が、1996年に米国で発売された眼底OCT(光干渉断層計)です。非侵襲的に網膜の断面図を映す機器で、97年に日本で発売された当初から、ずっと使い続けています。現在流通しているOCTは黄斑という狭い範囲のデータ取得に限られていますが、もっと広い範囲のデータをとれる新しい眼底OCTの開発や特許の取得などを企業と一緒に進めています。
 車の両輪のように病態診断技術と、治療法がいっしょに進歩してきたのが網膜の領域だと思います。
― 教育者という立場で大切にしていることは。
 一番大事な役割が次世代育成です。医者としての技術・知識を教えるだけでなく、人として育てることが大切です。また、数ある診療科がある中、眼科に興味を持ってくれるきっかけとして、「動物進化のビッグバンが約5億4300万年前(カンブリア紀)に起こりました。それまで地球にいたのはクラゲのような生命体のみでしたが、生物が視覚を獲得したことで一気に多様化が進んだといわれています」など雑学を交えて、眼科の魅力・面白さを伝えるようにしています。そのときに興味を持ってくれた教え子が将来、自分の同僚になる可能性もあります。
― 今後の目標について。
 ものを見るとき、視野の中心ははっきりと見えますが、視野の隅の方は少しぼやけますよね。中心を見ているのが黄斑で、周囲は網膜の他の部分を使って見ています。他の網膜とは全然違う構造を持つ一番大切な部分です。黄斑の不思議をもっと突き詰めていきたいです。
― 読者にメッセージを。
 年齢と共に目は衰えていきます。セルフチェックも大切ですが、目のことでわからないこと、不安はたくさんあると思います。そんなときは眼科を受診し、自分のライフスタイルも考慮し、どんな治療が適切なのか相談して、不安を解消してもらうことをお勧めします。
学会長として主催した第76回日本臨床眼科学会(2022年)
学会長として主催した第76回日本臨床眼科学会(2022年)
※『名医のいる病院2023 眼科治療編』(2023年3月発売)から転載
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