【名医インタビュー】糖尿病治療をリード 植木浩二郎

【名医インタビュー】糖尿病治療をリード

糖尿病治療は今、食事制限を強いる”べからず集“ではありません
糖尿病の克服のため、日々、インスリン作用の研究、大規模臨床研究に携わる、糖尿病治療の第一人者が国立国際医療研究センター病院糖尿病研究センター長の植木浩二郎医師だ。糖尿病治療の現状と課題、自身の研究者生活について語っていただいた。
単純糖質の摂取量が増え、一向に減らない病
 厚生労働省が2019年に発表した国民健康・栄養調査によると、男性の19.7%、女性の10.8%が「糖尿病が強く疑われる」と判定され、2009年以降、最も高い数値となった。糖尿病は予備軍を含めると、日本人の5~6人に 1人が罹患している深刻な国民病だ。なぜ、深刻か。網膜症、腎症、神経障害の三大合併症を併発し、動脈硬化を進行させ、心疾患や脳卒中のリスクを高めるからだ。ところが近年、日本では糖尿病が一向に減ってはいない。「日本人を含む東アジアの人は、血糖値の上昇を抑えるホルモンであるインスリンの分泌が欧米の人に比べ、少ないのも大きな要因の一つです。また、年を重ねるごとにインスリンの分泌能は減るため、高齢化も背景にあるでしょう。
 食生活でいえば、一回の食事で、糖質を含む炭水化物が占める割合は昭和30年代頃までは70%以上でした。今は60%を下回っています。ところが、現代はお菓子やジュースなどに含まれ、血中に吸収されると、すぐに糖分になる単純糖質が溢れているのが実情です。糖尿病が減らない原因として、朝昼晩の3食以外の糖質の過剰摂取も看過できません」

高校時代は日本史に興味。好きな時代は鎌倉時代
 植木医師は1987年、東京大学医学部医学科を卒業。米国・ハーバード大学ジョスリン糖尿病研究センター、東京大学大学院医学系研究科などを経て、2016年から現職。高校時代は物理や数学よりも、日本史が得意とあって、文系学部への進学も考えたという。
 「鎌倉時代なんかは好きでしたね。何もないようなところから、一つの大きな政治体系ができあがってくる流れと仕組みが面白いと思ったからでしょう。
 好きかどうかは別にして、凄いなと思っているのは、戦国時代、相模の国を統一した北条早雲ですかね。今は小説よりも、歴史書や社会科学系の本を読む方が多いです」
 今の世を、糖尿病の治療を通じて、どのように見ているのか。独自の視点で社会の有り様、日本の問題点を指摘する。
 「治療をしていて、垣間見えるのは、日本経済の停滞と関係あると思われるのですが、第一に食生活の貧しさですね。
 いわゆる外食でも家庭の食事でもない中食(なかしょく) の多さがこれにあたります。こういう食品には炭水化物と油ものが多く、両者はインスリンの分泌を促します。肥満防止の観点からすると、これはとても悪い組み合わせです。特に、経済的に恵まれない方々は、そうした食事に傾きがちであるのも問題です」
贅沢な食生活が原因という誤解
 炭水化物と油ものが多い中食の問題に加え、危惧しているのが日本社会の高齢化だ。
 「高齢者はグルコースを代謝する最も大きな部分である筋肉量が減っており、糖尿病に罹患しやすくなります。しかし、ご高齢の方に健康的な食事の提案、呼びかけをしても、実践に移してもらうのは非常に難しい。特に、奥様が亡くなられた独居男性は食生活が乱れ、栄養が偏りがちです。ご夫婦のどちらかが病気の場合も、介護者は自身の食事には、どうしても無頓着になってしまいます。日本社会には糖尿病治療を阻む、さまざまな問題が内在しているように見えます」
 さらに、植木医師は糖尿病に対する、人々の間にある、誤った理解も懸念する。
 「糖尿病は1型と2型があり、1型は生活習慣が原因ではなく、インスリンを打たないと死に至る難病です。 2型糖尿病についても、贅沢な食生活が原因という誤解があります。もともと、インスリン分泌能力が低い日本人は、ちょっとした食生活の乱れや肥満で糖尿病になってしまいます。
 とはいえ、糖尿病は今、薬などで血糖値のコントロールがかなりできるようになりました。ですので、現在の糖尿病治療はあれも、これも食べてはいけないという『べからず集』ではないと、覚えて頂きたいですね」

研究とは結局、面白くてのめり込んでしまうもの
 糖尿病に関する知見を述べ、課題に言及する植木医師。その言葉から糖尿病の研究者としての矜持も読み取れる。
 「研究の成果を論文にして発表する。それは自分の目の前にそびえる高い壁を乗り越えて、誰も知らなかった素晴らしい景色を見ることだと、恩師の一人である春日雅人先生から教えていただきました。個々によって、壁の高さも見える景色も違うでしょうが、研究にはそうした大目標があります。研究は出世とかのためにあるものでもなくて、結局、面白くて、のめり込んでしまうものです。研究テーマに熱心に打ち込むには、若い時が最適です。ですから、若い研究者には常日頃から、一生懸命、研究調査に努めなさいと言っています」
3階までなら、階段を使おう
 糖尿病対策として、日常の身体活動量を増やすよう、心がけているという。
 「3階ぐらいまでだったら、階段を使いますね。研究所内はエスカレーターとかエレベーターをなるべく避けて、移動しています。どうしても、パソコンの前に座っている時間が長いため、時折、立ち上がって、デスク周りをうろうろ歩き回るようにしています」
 テレワークなどで通勤が減ったことで、運動不足を感じている人が多いという。ちなみに、死亡リスクを減らすには、1日5000歩以上歩くのが望ましいというのが、最近の研究から言われているそうだ。
※『病院の選び方2023 疾患センター&専門外来』(2023年3月発行)から転載
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