【低侵襲手術の今】心房細動を治療し、脳梗塞を防ぐ内視鏡手術 「ウルフ-オオツカ低侵襲心房細動手術」 大塚 俊哉

「ウルフ-オオツカ低侵襲心房細動手術」

日本での患者が100万人以上という「心房細動」は重症化するケースが多い不整脈の一種。この心房細動に対する、身体への負担が少なく、確実性、費用対効果に秀でた内視鏡手術「ウルフ-オオツカ低侵襲心房細動手術(ウルフ-オオツカ法)」を編み出し、実践するニューハートワタナベ国際病院ウルフ-オオツカ低侵襲心房細動手術センターの大塚俊哉センター長兼副院長にお話を伺った。
心臓に不規則なけいれんを起こす心房細動
――心房細動とはどんな疾患なのでしょうか。
 ドクドクと拍動する心臓のリズムは弱い電気信号によって刻まれています。心臓の洞結節(どうけっせつ)という場所から規則正しく電気信号が出ていて、心臓の壁に張り巡らされた電線のようなネットワークを通じて心臓全体に適切な速さで広がります。心臓内にある、心房や心室という部屋は信号を感じると収縮し、血液を部屋の外に送り出しています。これにより、体中に血液が循環するのです。ところが、心房細動になると、心房の壁や肺静脈の付け根あたりが異常に興奮し、電気信号が乱れます。この異常な信号が心房内のいろいろな場所をめぐると、洞結節が正しく働かなくなり、心房が激しく、小刻みに、不規則にけいれんします。これにより、心臓は十分に機能せず、血液をうまく全身に送り出せなくなるのです。心房細動は読んで字のごとく、心房が細かく震えてしまう病気です。
予兆もなく、脳梗塞を発症させる
 心房細動の症状には動悸、めまい、脱力感、息苦しさなどがあります。しかし、最も恐ろしいのは、重篤な脳梗塞につながりかねない危険性があることです。心房細動が続くと、心房内の血液がよどみ、血栓ができやすくなる。血栓は次第に大きくなり、心臓内の壁からはがれた後、最も近い脳内へと流れ、血管を詰まらせます。その結果、脳梗塞などを発症。脳の機能が損なわれ、手足に重い麻痺や言語障害など、後遺症が残るケースも少なくありません。これが心原性脳梗塞の恐ろしさといえるでしょう。
 脳梗塞は何の予兆もないのです。突然発症します。心臓内にできた血栓が脳血管内に着地しても、そこまでは無症状です。しかし、その血栓が溶けるまでに時間がかかってしまうと、その間に血管が詰まり、血流が途絶え、脳の細胞は壊死してしまいます。
 心臓のすぐ後ろにある食道側から観察する経食道心臓超音波検査で血栓が確認されなかった場合も安心できません。血栓は簡単に、たちどころにできます。もし、血栓が確認されなかったとしても、安心できるのは、検査したその日ぐらいでしょう。今、血栓がないからといって、明日もないという保証はありませんね。よく、脳梗塞を発症した人は血栓が常日頃からあったと思われがちですが、それは誤解です。突然、あっという間にできてしまうのです。

左心耳は血栓の温床

――血栓とはどのようなものでしょうか。
 血の塊です。たとえれば、ものすごく柔らかいお餅、もしくはスライムみたいなものを想像してください。とにかく、血栓は厄介な存在です。脳へと流れて発症する脳梗塞と同様、腸の血管に飛んで起こる腸間膜動脈閉塞症も腸が壊死してしまう病気です。致死率が高く、ほとんど救命できないのですから。
 血栓が体のどこへ流れるのか予想するのは不可能です。やはり、一番多いのは脳。心臓の左心室から出た血液が大動脈へと流れた後、最初に分岐して到達するのが脳だからです。その分岐点を通り抜けると、全身のどこにでも流れ着きます。例えば、足の血管に飛んで、足が壊死してしまうこともあります。腎臓の梗塞という人もいましたね。
 血栓の97%は心臓の左心房から耳のような形で部分的に飛び出している、左心耳と呼ばれる場所にできます。左心耳は先にいくほど細くなる袋状の臓器の一部で、長さは数センチ。親指の先ほどの大きさです。袋に入る液体量は5CCほど。サイズや形に大きく個人差があるのが特徴です。袋状なので、その中で血流がとどまり、たまりやすくなります。血流が乱れがちな心房細動の患者さんなら、なおさら、激しくよどむのです。左心耳で作られた血栓が左心房にこぼれ落ち、脳まで流されて脳梗塞を起こしてしまうのです。心房細動の患者さんにとって、左心耳は単なる血栓製造器。百害あって一利なしです。
血栓の温床である左心耳を切除。時間は正味20分
 ウルフ-オオツカ法では、左心耳を切除してしまいます。心臓内で血栓が生まれる原因を根本的に除去します。これにより、心房細動が引き起こしがちな脳梗塞が予防できるのです。さらに、心房の壁の外科アブレーションを実施します。心臓内の異常な電気信号が他の場所に移らないように電気的に隔離をして、心房細動状態の脈を正常化するものです。この2本立てで手術します。
 まず、左右のわきの下部に、小さな刺し傷を四つ作り、直径1cm前後の円筒を胸壁に貫通させるように挿入します。ここから胸の内部空間で使う内視鏡の胸腔鏡と手術器具を出し入れして、施術を進めるのです。
 左心耳の切除には、直径1cmほどの創から入るほど細い、医療用ステープラーと呼ばれる、医療用ホチキスを使います。これを挿し入れた後、グリップにあるレバーを使った簡単な操作で、左心耳の袋状の入り口にあたる根本部分を外側から素早く切り取るのです。
 その瞬間、切除部分を3列のホチキスで縫合し、閉鎖します。左心耳の大きさや形がどうあれ、簡単に切除でき、出血はほとんどありません。閉鎖部の内皮化が非常に早く、抗凝固治療からすぐに離脱できるのも、左心耳切除のメリットです。仮に、左心耳の先端に血栓があったとしても、丸ごと切り取るので、血栓をはがしてしまう心配もないのです。かかる時間は正味約20分、私の最短記録は約16分です。外科的アブレーションを加えても1時間少々で終了します。

ウルフ-オオツカ法を受けたきっかけ

心臓外科手術のパイオニア、ウルフ医師考案施術を改良
――この単独左心耳閉鎖術に着目した経緯を教えてください。
 米国に臨床留学した際、低侵襲心臓、胸部外科手術のパイオニアであるランドール・ウルフ医師に師事しました。
 ウルフ医師は胸を小さく開く、もしくは小さな穴を開けて、胸腔鏡を入れて左心耳の切除などをする「ウルフ・ミニメイズ手術」と命名した施術を考案し、2003年頃から実践していました。ウルフ医師の手術を見学して思ったのは、その治療テクニックが自分でもできると確信したことです。それが、この手術を始めるきっかけですね。
 ウルフ医師が考案したウルフ・ミニメイズ手術を、さらに短時間で患者さんに優しい方法に改良したのが現在のウルフ-オオツカ法です。私が最初に心房細動の患者さんの左心耳を切り取ったのは2008年になります。以来、2022年7月に手術件数は2000件を数えるまでになりました。
 ウルフ医師が左心耳の切除と外科的アブレーションを数百例も手掛けていたので、手術は安全性が高いと分かっていました。さらに、抗凝固治療の離脱率、脳梗塞予防率、脈の正常化の成功率において、とても優秀な成績をあげていることもウルフ医師から直接聞いていたのです。それまで、私には胸腔鏡手術の経験が数多くあり、得意中の得意といえるものでした。ウルフ医師からもらった手術ビデオを見て、技術的に問題なく実践できると確信していました。
 その一方、日本で実践している医師はいませんし、ウルフ論文以外、参考文献がほとんどない状態なのです。そのため、いろいろ悩みましたが、ある日、患者さんから『何としてもこの手術をやってください。この手術でだめだったら、私はもう人生を諦めますから』という悲壮な言葉をもらい、手術を決断しました。
ランドール・ウルフ医師と大塚俊哉医師の記念写真
ランドール・ウルフ医師と大塚俊哉医師の記念写真
胸腔鏡下手術は施術内容の想像、デザイン化が必要
――胸腔鏡下手術の難しさは何ですか。
 手術では胸腔鏡を臓器のすき間に差し込んで得られた画像を拡大し、大きな高精細度モニターに映し出し、それを観察しながら処置します。
 この胸腔鏡下で外科的アブレーションや左心耳を切除する際、頭の中でいかに施術内容をデザイン化できるセンスが必要といえるでしょう。
 胸腔鏡下では左心耳のように立体的に飛び出しているものがあった場合、どういうアングルで器具をあてるかなどを、さまざまな角度から想像し、デザイン化する必要があります。なんでも、私が手術するビデオを見ると、手術未経験の人でも胸腔鏡下手術が簡単そうに見えるそうです。それで実際にやらせてみると、手術器具が宙を泳ぐやらで、まるで、宇宙遊泳なのです(笑)。
 こうした手術にも器具の動かし方などの基礎的な練習と経験値がものをいいます。
 左心耳の切除で得られるボーナス効果も強調したい。左心耳を切り取ると、高血圧が緩和される例が報告されているからです。内分泌・神経学的な効果が腎臓で血圧を下げるプロセスのレニン -アンギオテンシン -アルドステロン系に作用していると推測されるのですが、なぜ、そうなるかはいまだに研究中です。
 さらに、左心耳切除がインスリンなどを増加させ、糖尿病や高脂血症の予防につながる可能性も見えてきました。
左右の側胸部に4つの創を開け、ここから胸腔鏡と手術用具を出し入れして処置をする。手術時間は約20分と短時
間で終わる
※『病院の選び方2023 疾患センター&専門外来』(2023年3月発行)から転載
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