スペシャリストが名医を語る 天野 篤:順天堂大学医学部附属順天堂医院 院長

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大事なのは本質を見失わないこと
そこに向け、諦めることなく技術を追い求める

 
天野篤医師は、2012年に天皇陛下へ冠動脈バイパス手術を執刀されたことで知られ、現在では順天堂大学医学部附属順天堂医院院長としての役目を担いつつ、日々多くの手術にも携わっている。今回、技術の背景や、自身の行う手術の現状、名医の条件などについて語ってくれた。
 
■取材
順天堂大学医学部附属順天堂医院 院長
外科学教室心臓血管外科学講座 教授

天野 篤 医師

 
順天堂大学附属順天堂医院 心臓血管外科ホームページ
 

悪い流れの時に踏みとどまり、ピンチをチャンスに変えるためどうすれば良いかを考える

──今年の春に院長に就任されました。
 
天野 現在、院長職100%、外科医100%の合計200%でやっています。「1日24時間では足りないのでは」とよく聞かれるのですが、世界中どこでも一定の時間になれば太陽が昇り、沈むことを繰り返すわけです。その中でやりくりするしかない、という心境で日々を過ごしています。
 
──昔から、平日は病院に泊まり込んでいると聞きました
 
天野 今も平日は自宅には帰れない生活が続いています。というか帰るのが煩わしい(笑)。手術室で過ごす時間は依然、1日で最も大きな割合を占めていますよ。今は院長室に戻れば「院長残業」も待っています。
 
──心臓外科医として、技術を培うことができた要因は何だと考えていますか。
 
天野 研修医時代は、手術で余った血管を使い、縫合の練習を行っていました。その練習法は、私自身で考え出したものです。こうした、生き抜くための知略を考え出す能力は先祖から受け継いだものだと思っています。
 
 また、ものの陰の部分に目を向けることで事態を予測する能力も受け継いだもので、手術に大いに生かされていると思っています。
 
 趣味や嗜好から学んだことも多いですよ。たとえばパチンコから得た最たるものは持久力、そして流れを読む力。特に後者は、悪い流れの時にどん底に落ちることなく、一定のところで踏みとどまり、ピンチをチャンスに変えるためにはどうすればよいかを見極める力です。大学受験で三浪して合格できたのも然り。普通は二浪で諦めて別の学部に行ってしまうところでしょうが、私は「この流れはいつまでも続かない」という思いで待つことができたのです。
 
 外科医を61歳の現在でも変わらず現役で続けているのも同じです。以前は50代で第一線の執刀医としてのキャリアは終了するだろうと考えたこともありました。しかし実際には、50代よも若くして辞めてしまう方も多い。それは、あと一段二段、外科医として円熟・上達するのを待ちきれないからです。
 
──その「一段アップ」は、ある日突然起こるのでしょうか。
 
天野 そう思う時、実はそれは自分の中では既に築き上げられています。そして、周りがそう見てくれることをきっかけとして、自身でも見える景色が違うことに気付くのです。これは他の業種も一緒でしょう。中身が突然変わるわけではないのです。例えば教授になって、周囲の受け止め方は変わりますが、本人には何の変化もありません。パチンコの確変とは違うのですね(笑)。そこを勘違いするとおかしなことになります。
 

外科医にとって難しい局面はまさに「宝の山」

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──現在、どの程度の水準で手術ができていると感じていますか。
 
天野 ゴルフに例えると基本は全ホールバーディー。世界トップランクのもう一段上くらい、と自分では思っています。たまに、バーディーを狙ってパーになるとか、年に2つか3つダブルボギーを打つとか。そのくらいですよ。ゴルフのティーショットでは普通、2、3回素振りをしますよね。でも素振りをせずに、いきなりナイスショットを連発する。それが現在の私の手術ですね。手術室に入り、検査結果をじっと見て手術に入る。途中周囲と会話しながら仕上げていく。終わったらパーフェクト。そういうのが普通にできていると思います。
 
──手術では、目から入る情報に体が自然に反応し、予期せぬ事態に「もう一人の自分が出てくる」ような感覚になるそうですね。
 
天野 長い手術の時は、自分の中の「応援団」が出てきますね。それで、全体の流れから、手術を方向転換しなくていいのか、ここまでの状況、予想された時間、そして疲労感を加味して、「そのまま行け」などと指令を出してくれるのです。また、例えばモニターの数値と自分の予測値とのあいだにずれがある場合、数値が安定するまで手術室から出ないようにしています。そうした際も、もう一人の自分が「予測値が正しいか今確認しろ」と言うわけです。
 
──天皇陛下の手術で、心房細動を防ぐために心臓左心耳の縫縮術を行ったように「もう一手間」を惜しまないと聞きます。
 
天野 他の手術でも色々心がけています。例えば心臓弁膜症における弁形成術で逆流の多い弁を修復する際、私は完全に、弁がびくともしないところまで追い込みます。バイパスも、もう少し踏み込んで血管全体を作り直すことも行います。自分が手術を受けるならそこまでやってもらえていれば本望ですから。
 
 たまに「先生が心疾患を発症したら誰に手術してもらいますか」と問われることがあります。それに対し、「誰」と言いたくないからこそ、「一手間」を惜しまないのです。「ここまでやれるものならやってみろ」と。気持ちや技術を追い求める目があるか。「こんなものでいい」という声に対し、「いや本質はこれだ」と見る目があるか。それが難しくても届かせることができるか。
 
 難しい局面は外科医にとって宝の山なのです。それを何としても手に入れなければならないと考えてきました。
 

自己犠牲の精神を持ち自分自身を前面に出すことなく人を助ける

──今後も心臓手術はさらに発展するのでしょうか。
 
天野 そこにはいくつかの懸念があります。まず、その進歩は患者さんが望むものなのか。患者さんが回復の早い手術を望んだからオフポンプ冠動脈バイパス術は生き残ることができました。また、低コストであるかも大きいでしょう。現状、他の低侵襲手術であるロボットや胸腔鏡下手術などは治療費がかさみます。そこは絶えずコスト面での検証作業を踏まえながら進んでいくのだと思います。
 
 もう一つは、患者さんが本当に術後のトラブルなく長期に生きられる結果を得られるのか。がんの手術では傷を小さくし、余計な切除をしないようになりました。何故かと言うと、例えば乳がんでは、放射線治療や抗がん剤が進歩し、縮小手術が成り立ってきたのです。しかし、心臓には縮小手術がはたして適しているのか。傷んだ所を根本的に治す、損なわれた機能を取り戻す、不足した血流を正常化する――長期生存を得るのにこれらが必要だとして、外してしまったら、他のどこを改良しようと、トータルでは良いことをしているとは言えません。大事なのは本質を見失わないこと。手術の質が上がり、より完成度が高い方向に進化してほしいと願っています。

 

Episode One


 天皇陛下の手術依頼があった時、天野医師は山形で若手医師に向けた講演を行う予定だった。手術を検査後1週間目のすぐに実施できたのは、そこをピンポイントで手術の予定がない日にしていたからだという。「麻雀で言う『絶好のツモ』みたいなタイミングでしたね。講演ができない旨を伝えた所、『我々の代表としてがんばってください』と送り出してもらえました。ただ、私は講演に便乗して、蔵王で久しぶりにスキーをしようかなとも思っていたのですが、それ以来、スキーをする機会は失われたままです(笑)」

 
 

スペシャリストが名医の条件を語る

──先生が考える「名医」とは。
 

「これが心臓血管外科医としての私の武器」という人工心肺装置

「これが心臓血管外科医としての私の武器」という人工心肺装置


天野 過去に治療した、現在治療している、そしてこれから治療する多くの患者さんに評価されて結果を残す。そして、仮に知識や経験が不十分でも、患者さんの望むものを提供でき、将来を見すえた医療サービスを提供できる。それが名医と言えるのではないでしょうか。
 
 ここでの「患者さんの望むもの」とは、「自分は明日どうなるか」「自分は1年後どうなるか」といったことを言い当てられること。「今のままなら1カ月後に突然死しかねませんが、今自分がこういう手術をすれば半年も経てば病気がなかった時と同じになりますよ」と言ってあげられる。それが的中すれば患者さんにとっては名外科医でしょう。そのために医師は手術という治療手段を使い、伝えた通りの状況を作ろうとするわけです。別に名医になりたいわけではなく、自分が高い評価を受けることで、次の患者さんがいらっしゃるし、チームの信頼も得られることを、医師は経験的に知っていますから。
 
 名医になれるポテンシャルを持っている人は沢山います。その中から実際に名医を生み出すのは患者さんなのです。あくまで結果で判断されるのであり、最初から名医である人なんているわけがありません。ただ、「自分はそこそこで良い」と思っていたら名医にはなれないでしょうね。
 
 他には、自分よりも他人、自分よりも患者さん、自分よりも仲間、といった「自分はさておき」という自己犠牲の精神が備わっていること。「ウルトラマン」では視聴者は誰がウルトラマンかわかってるけど、ストーリー上では知られていない。ああいう自分自身を前面に出すことなく陰で人を助けるキャラクターこそが私の世代のヒーローであり、名医のイメージでもあります。
 
 そして信頼できる施設を探す際の基準は、すべての患者さんに公平性が保たれているかということに尽きます。それは納得のいく説明をしてもらっているということ。「この人は分かっている。科学的な根拠に基づいた説明をしてくれている」ときちんと受け止められる。そういう医師や施設を選ぶべきです。
 

Episode Two


 天野医師は感銘を受けた人物として、マザー・テレサの主治医だったインドのデビ・プラサド・シェティ医師を挙げる。「『インドの公衆衛生を日本並みにするには100年かかる。ただ、今の私はインドの誰もが日本並みの高度な医療を受けられる病院を作れる』と、やるべきことと今できることをわきまえ、実際に病院を作り、今も毎日貧富を問わず多くの患者を診ている。その、多くの患者を救うことだけを考える、ブレない姿勢に衝撃を受けました。勝手に良い兄貴分と思っていまして、彼のようになれたらと思っています」
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