コロナ後遺症を知る

コロナ後遺症を知る

岡山大学病院 副病院長 総合内科・総合診療科 教授(診療科長)
大塚 文男
猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)。急性期の治療後も、倦怠感や頭痛などの後遺症が残るケースが後を絶たない。岡山大学病院コロナ・アフターケア外来で、コロナ後遺症に苦しむ患者を多く診てきた総合内科・総合診療科教授の大塚文男医師から、その特徴について話を伺った。
急性期の治療後も患者をケアする外来診療
 岡山大学病院では2020年3月から、急性期のコロナ診療について対応してきました。診療を続ける中で、退院後もいろいろな症状が残って診療を終了することが難しいケースがみられるようになり、世界中の文献でも同様の報告がされるようになりました。
 そこで20年の末頃から準備を始め、21年2月15日にコロナ・アフターケア外来を開設。感染後も症状が残ったり体調不良になったりする方だけではなく、コロナによって心や体が大きく疲弊した状態の方、受診・健診控えで他の疾患の診療から遠ざかった方に対するケアもできないかという思いから、この名称となりました。
 当初は週2日だったこの外来診療も現在では毎日実施するようになり、21年2月~22年9月の1年半で、400人を超える患者さんをチームで診てきました。
 もともと総合診療科は倦怠感や疲れやすさ、頭痛、めまい、腹痛、発熱、咳といった、かなり幅広い疾患を対象とした診療科です。このような症状から、どんな疾患が隠れているのか原因や病態を見極める鑑別診断を行っています。複数の臓器を跨ぐような全人的な視点で、患者さんの背景や生活歴、体だけでなく心の不調も診るよう心掛けています。
 当外来にいらっしゃるのは、県内外の病院にかかり急性期のコロナは治ったものの、3~4カ月経過しても症状がとれない患者さんたちです。以前から他のウイルスで、感染症罹患後疲労症候群という感染後に倦怠感が続く症状が知られていました。コロナ後遺症もその一種で、WHOの定義ではコロナの発症から3カ月間、少なくとも2カ月持続する症状があって、他の病気として当てはまるものがないときに、後遺症に該当するとされています。
体、心、生活面まで丁寧な診療で原因を鑑別
 初めての診察では1時間くらいかけて問診をしていきます。医療面接と呼ばれるもので、倦怠感や頭痛などの具体的な症状だけでなく、感染したときの生活環境や家庭事情、コロナの後遺症による就業状況や経済状況の変化などについても、聞き取りをします。実際に経済的負担の大きさや、家族から離れてしまった隔離療養によるストレスなどから、心の疲れが、より強くなったケースもあります。
 患者さんの不調にはいろいろな原因が考えられます。例えば倦怠感だと、少し休めば治るような生理的なものから、慢性疲労症候群のような疾患まであります。正式名称は筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)で、半年以上続き日常生活に影響が出るほどの全身の倦怠感や疲労感のことをいいます。当外来を受診された方のうち約16%が該当しました。特にめまいや胸痛、不眠、頭痛などが伴う場合には、ME/CFSに進行する可能性が高くなります。
 他にも心因性の場合やコロナ以外の様々な疾患が発見されるケースもあります。糖尿病や甲状腺の病気、腫瘍、リウマチやアレルギー、他の感染症などです。コロナ後遺症以外の病気を含めて広く鑑別をすることが総合診療医の仕事です。
 具体的にはコロナの炎症や血栓が残っていないか確認する血液検査や、甲状腺や副腎などのホルモンバランスが乱れていないか、隠れている自己免疫疾患(リウマチや膠原病など)が出てきていないかのチェックをしていきます。

コロナ後遺症とは
コロナ後遺症の7大症状

倦怠感、嗅覚・味覚障害、頭痛・・・株によって症状が異なる傾向も
 当院を受診した患者さんが訴える後遺症の症状は、よく聞き取ると多彩で150にも上ります。ウイルスの変異株によらず共通して最も数が多いのが、倦怠感。そして嗅覚障害、味覚障害、頭痛、睡眠障害、脱毛、呼吸困難感と続きます。これらの症状を7大症状と呼んでいます。後遺症の症状は個人差が大きい、自覚症状が多いという理由から、判断に悩むケースが多々あることが特徴です。
 脱毛があるケースでは皮膚科と、味覚・嗅覚障害が中心の場合は耳鼻咽喉科と、心の不調が強い場合には精神神経科と連携しています。他の診療科と連携できるという大学病院の強みが生きた形です。
 コロナはウイルス変異株によって急性期の症状が大きく異なりますが、後遺症にも同じことがいえます。オミクロン株では倦怠感や頭痛、睡眠障害、呼吸困難感や咳といった気道症状が増え、嗅覚・味覚障害や脱毛は減りました。
 また後遺症になった方の77%は、急性期は軽症でした。その傾向はオミクロン株になってから強まっています。ただ、急性期に重症で入院した、酸素投与やステロイド治療をした方のほうが、後遺症の症状がなかなか治まらず、長期化しやすい傾向にあります。後遺症の原因は、まだはっきりとはしていませんが、やはり急性期を重症化させないことが後遺症を軽くする大事なポイントだと思います。
 年代は30~50代が61%を占めます。次に多いのが10代の13%で60歳以上の方は9%と結構少ない。子どもの場合は学校に行けない事態に至り、学業成績や出席日数にも影響します。治療の中心となるのは薬物療法。診断に至らない場合でも、症状をとるためには漢方薬が非常に有効で、全処方薬の約25%を占めます。
 残り約75%にあたる西洋薬は、亜鉛製剤や鉄剤などの足らない元素を補う栄養補給薬、頭痛・胸痛や筋肉痛に対する抗炎症薬・鎮痛薬、健胃薬、不眠に対する睡眠導入剤などが多いです。漢方薬と西洋薬を組み合わせた対症療法を行っています。

コロナ感染急性期の重症度

「ブレインフォグ」や男性更年期障害などもみられる
 集中力や記憶力の低下など、いわゆる「ブレインフォグ」がみられる方もいらっしゃいます。これは医学的な診断名ではなく、記憶力・認知力・集中力の低下、頭の中が霧のかかったようになる、気が遠くなる、頭痛といった症状の総称です。
 具体的には、職場復帰はしたものの、職場で時短勤務や配置換えが必要になるくらい仕事ができない、頭痛がひどく日常生活に支障がある、やる気が出ない、頭が混乱して買い物に行っても同じ物を買ってしまう、車の運転や機械の操作ができなくなる、学生だと勉強が頭に入らないなど、いろいろなパターンがあります。当院でも25%の方が該当しています。
 このような症状は、がんの化学療法や軽い脳梗塞、強いストレスなどでも引き起こされることがありますが、明らかにコロナ罹患から数カ月でこれらの症状がひどくなり、MRIの画像診断や心の問題などを確かめて他の原因が考えられなければ、ブレインフォグに該当します。ホルモン分泌に大きく関わる脳の視床下部に炎症がおき、ホルモンバランスが乱れることが原因の一つとも考えられています。
 他にも男性ホルモンのバランスが崩れて、男性更年期障害(加齢男性性腺機能低下)の症状が出るケースもあります。性欲や知的活動、認知機能などの低下、うつ、睡眠障害などの症状が出ます。
 男性更年期障害のマーカーのひとつである遊離テストステロンの数値は、30代だと一般的に10を超える数値になります。ところが、ある30代の患者さんは5.5まで低下していました。他にも疑わしい39症例で血液検査を実施したところ、半分近くの19人が男性更年期障害と診断されました。さらに、そのうちの14人、すなわち73%が50歳未満の若年者でした。性腺で男性ホルモンを作るライディッヒ細胞にコロナのウイルスの受容体であるACE2があり、感染によりダメージを受けることが原因と考えられています。
 若い患者さんが多いので性腺機能を保つために、治療では男性ホルモンではなく補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などの補剤と呼ばれる漢方薬で治療を進めます。

ブレインフォグの具体例

チームによる生活面も含めたサポートが求められる
 コロナ後遺症治療の通院が終わるまでは、半年以上かかる方が多いのが現状です。しかも公費負担である急性期のコロナ診療とは異なり、後遺症は保険診療ですので、患者さんには時間の面でも経済面でも負担が大きい。サポートの仕組みや社会からの理解が必要とされています。
 例えば仕事をしている事業所などで感染した場合には労災保険が適用され、休業補償や療養補償などの給付がありますが、会食や家族間で感染した場合、通常の健康保険の中の傷病手当が適用されます。そういった場合に相談できるのが各病院にいる医療ソーシャルワーカー(MSW)です。患者さんごとにどういった補償を受けられるのか相談ができます。
 職場復帰しても元の仕事には戻れないケースでも、相談員やMSWなどの支えとなる人たちが介入する必要があると思います。学校の教育現場でも同様のことが必要でしょう。こういった多職種と協働しながら、心の面、体の面、生活面の3つを支えられる診療体制が必要となりますね。
後遺症に至らないためにも感染症予防が重要
 後遺症にならないためには、もちろんコロナの感染予防が重要です。先ほども触れたように、感染して重症化すると、後遺症の長期化や症状の複雑化が起きやすい。急性期に重症化させないというのが大事です。そのためにはワクチン接種やマスク着用、ソーシャルディスタンスの徹底など感染予防に対する高い意識を維持することが大事です。もし感染した場合にも、心身を元気に保つために、日頃の栄養管理や十分な睡眠、心の健康維持を目指しましょう。
 後遺症の原因は、ACE2というコロナの受容体がいろいろな臓器にあるために全身への影響があり、感染の影響で炎症性タンパクが猛威を振るうサイトカインストームとよばれる状態、抗体などの免疫応答の過剰、微小な血栓、ウイルスの体内への残留など、さまざまな要因が考えられていますが、まだはっきりとはしていません。原因究明の研究も続けていければと思います。それが特効薬の開発にもつながると思います。そして、これからも後遺症の診療に関するデータ発信を続けていきたいですね。(談)
※『名医のいる病院2023』(2023年1月発行)から転載
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